沢木耕太郎が説く「偶然の出会いに身を委ねよ」 国内旅のエッセイ集『旅のつばくろ』より

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軽井沢にある雲場池の紅葉の様子(写真:kazukiatuko/PIXTA)
「旅のバイブル」の名をほしいままにしている不朽の名作『深夜特急』。その著者、沢木耕太郎が初の「国内旅エッセイ集」である『旅のつばくろ』が刊行された。その中からエッセイを1篇お届けする。新型コロナウイルスの影響で外出自粛が求められており、しばらく旅に出ていない人も多いだろう。沢木のエッセイで旅への想像を巡らせてみてはいかがだろうか。
人は何のために旅に出るのだろうか。観光のため、出会いのため、自分自身への投資のため……。理由はいくらでも挙げられるだろうが、煎じ詰めれば「未知のものに出会う」ためだ。では未知のものに出会ったとき、人はどう反応するか。セレンディピティ(思いがけない発見や出会い)に柔らかく反応できた者にだけ、特別な「ギフト」が与えられるのである。それはもちろん旅に限った話ではない。生きることそのものが、未知との遭遇の連なりなのだ――。(敬称略)

もうひとつの絶景

秋の終わりのことだった。山梨の小淵沢で用事を済ませた翌朝、さてどうしようと思った。このまま東京に帰るのはもったいない。

そういえば、小淵沢から長野の小諸に至る小海線にまだ乗ったことがない。もしかしたら、野辺山あたりまで行けば美しい紅葉が見られるかもしれない。万一どこにもなかったら適当な駅で降り、小淵沢に戻ってくればいい。

そう思い決めて、小海線の列車に乗ることにした。途中、確かに美しい水の流れと燃えるような紅葉が織り成す絶景が一カ所あり、それで満足して引き返してもよかったのだが、もっとあるかもしれないと少し欲を出して乗りつづけているうちに、しだいに高度が下がってきて、人里が目立つようになってしまった。

このまま終点まで行ってしまおうか。そう思うようになったのは、小諸には一度も行ったことがなかったからだ。

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