沢木耕太郎が説く「偶然の出会いに身を委ねよ」 国内旅のエッセイ集『旅のつばくろ』より

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私は軽井沢というところにあまり親しみを感じていなかった。もちろん、何度か取材で訪れたりしていたが、いわゆる観光客として行ったことがなかったので、「雲場池」なるものの存在を知らなかったのだ。しかし、この偶然を生かさない手はないと思えた。

軽井沢駅で降りると、老婦人が教えてくれたとおりに循環バスに乗った。すると、10分足らずで停留所に着き、そこから歩いて5分もしないところに「雲場池」はあった。その「雲場池」は、湖というには小さすぎるが池としてはかなり大きなものだった。

息を呑む美しさ

そして、私は、その池の周りを歩きはじめて、息を呑んだ。木々に、赤から黄色に至るさまざまな暖色系の色の葉が重なるようについている。

街のすぐ近くで、このように見事な紅葉を見られるということが奇跡のような気がするほどのものであり、生で、しかも間近で見た紅葉には、パンフレットの写真の美しさをはるかに凌駕する奥行きと色の複雑さがあった。それは、小海線の車窓から見たものとはまた別の種類の「絶景」だった。

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もし、あの列車であの老婦人が私と向かい合わせの席に座らなかったら、そして、私がたまたま広げたパンフレットの表紙を眼にしなかったら、あえて見知らぬ私に声を掛けようなどとは思わなかっただろう。

ただ、午前中に見た紅葉への感動が、私にも見させてあげたいという思いに結びついた。

そして、私はといえば、その老婦人の勧めに素直に従ったおかげでとんでもない「御褒美」を貰った。これもまた偶然というものに柔らかく反応することのできた私への、旅の神様からのプレゼントだったのかもしれない。

沢木 耕太郎 作家

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さわき こうたろう / Kotaro Sawaki

1947年東京生れ。横浜国立大学卒業。ほどなくルポライターとして出発し、鮮烈な感性と斬新な文体で注目を集める。79年『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞、82年『一瞬の夏』で新田次郎文学賞を受賞。その後も『深夜特急』『檀』など今も読み継がれる名作を発表し、2006年『凍』で講談社ノンフィクション賞、13年『キャパの十字架』で司馬遼太郎賞、23年『天路の旅人』で読売文学賞を受賞する。長編小説『波の音が消えるまで』『春に散る』、国内旅エッセイ集『旅のつばくろ』『飛び立つ季節 旅のつばくろ』など著書多数。

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