沢木耕太郎が40年訪れたかった土地で見たもの

国内旅のエッセイ集「旅のつばくろ」より

沢木耕太郎氏が訪れた宮城県塩竈市。鹽竈神社には202段もの石段がある(写真:クロチャン/PIXTA)
「旅のバイブル」の名を欲しいままにしている不朽の名作『深夜特急』。その著者、沢木耕太郎が東北を歩いてつづった初の「国内旅エッセイ集」である『旅のつばくろ』が刊行された。その中からエッセイを一篇お届けする。新型コロナウイルスの影響で外出自粛が求められており、しばらく旅に出ていない人も多いだろう。沢木のエッセイで旅への想像を巡らせてみてはいかがだろうか。
沢木は大学卒業後、銀行に就職したものの入社初日に退職した。丸の内の交差点で信号待ちをしている時に決心したという。それまでは濡れて困る服など持っていなかった自分が、雨のなか傘を指し、着慣れないグレーのスーツを着ている自分に違和感を覚えた。そうしてフリーランスのライターとしての沢木が誕生した。爾来、半世紀近くを書くことに費やしてきた過去を回顧する──。(敬称略)

過去への想い

先日、図書館で話をするため宮城の塩竈に行った。

いわゆる「講演」のためだったが、以前にも述べたように、私はあまり講演をすることを好まない。そこで講演の依頼はなるべく断らせてもらうことになるのだが、それでも断り切れないものもある。とりわけ学校と図書館からの依頼は断りにくい。

学校は予算が少ないだろうから、私に断られたりすると代わりの方を見つけるのに苦労するだろう。また、図書館は、少年時代からさまざまなかたちで恩恵をこうむっている大切な場所だ。

それでも、できるだけ先の約束はしたくないため断ることが多いのだが、塩竈の図書館からの依頼があったとき、私としては例外的にあっさり承諾したのは、それが図書館だったからというだけが理由ではなかった。塩竈というところに1度行ってみたかったのだ。

私は22歳でフリーランスのライターとしての仕事を始めた。

その私にとって、初めての大仕事となったのは24歳のときの「若き実力者たち」という雑誌連載だった。同世代のフロントランナーを描く人物論のシリーズで、その1回目の対象に選んだのは棋士の中原誠だった。

私と同年生まれの中原さんは、現代の羽生善治や藤井聡太ほどではないが、当時の絶対王者だった大山康晴の牙城を脅かす新世代の棋士の登場ということで、棋界の外からも熱い視線を向けられるようになっていた。

将棋についてほとんど無知だった私は、多くの本を読み、多くの人に会い、必死に取材を進めた。その結果、なんとか「神童天才凡人」という35枚ほどの人物論を書くことができた。そして、それがある程度の評価を受けられたおかげで1年に及ぶ長期連載を無事乗り切ることができたのだった。

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