「スケボービデオ」が映し出す米国社会の問題点 映画「行き止まりの世界に生まれて」の写実力

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驚くのは、被写体との距離感だ。パーティーでマリフアナを吸っているところにカメラを向けられたザックは「(映画に)自由に使っていいよ」とまったく意に介していない様子。キアーも「僕たちをカッコいいムービーにしてくれて、すごいと思っていたよ」と笑みを見せる。家族とうまくいっていない彼らにとっては、スケボー仲間こそが家族であり、自分たちを気にかけてくれる存在だった。

作品の中心人物である3人。アフリカ系アメリカ人のキアー(写真左)、白人のザック(写真右)。そして写真中央のビンは、本作の監督でもある  © 2018 Minding the Gap LLC. All Rights Reserved.

はたから見れば単に遊んでいるようにしか見えないかもしれないが、彼らにとってスケボーはこの世界で生きる支えだった。ザックは、「スケボーは制御(コントロール)だ。細部までコントロールしないと、イカれた世界でマトモにはいられない」と語る。そしてキアーも「ある意味でドラッグだ。精神的にギリギリまで追い詰められても、スケボーさえできればそれだけでいい」と続ける。

バランスを崩してスケボーから転び落ちても、ただただ笑い合える。キアーはスケボーの裏にペンでこう書いている。「心の痛みを癒やしてくれる道具」だと。

だが、そんな無邪気な時代はそう長くは続かない。現実が彼らに迫り来る。貧しい生活を送っているならなおさらだ。キアーは低賃金ながら、ようやく仕事を見つけて働き始める。ザックは父親になったが、金欠に苦しんでいる。屋根職人以外の選択肢を持とうと高卒認定試験を受けるが、質問の意味も理解できない。パートナーのニナとの間には、子育ての役割分担をめぐって口論が絶えないし、仕事もうまくいかない。

その一方で、街では「イリノイ大学の調査によると、ロックフォードの労働者6万人中、47%が時給15ドル未満――」「ロックフォードでは企業撤退による失業問題が長引き――」「ロックフォードの人口流出は2010年以来、イリノイ州で最大――」といったニュースが飛び交う――。

アメリカ社会にある根深い問題を映し出す

彼らが自分の生き方を模索する中で、スケボー仲間たちは次第に疎遠になっていく。だが、映画監督になったビンは、彼らをカメラでつなぎとめるかのように、彼らの今に迫っていく。一見、明るく無邪気に見えた3人には悲惨な過去があり、悩み、葛藤していたことが次第に明らかになっていく。

未来が見えない環境、大人になる痛み、根深い親子の溝……。彼らが抱える傷は、現代アメリカ社会が抱える傷でもある。そんな彼らの痛みを目の当たりにしたビンは、記録者ではなく当事者として、自身の痛みにも向き合わざるをえなくなる。

はじまりは仲間の姿を映した単なるスケートビデオだった。だが、くしくもキアーが「自分にとっては無料セラピーかな」と語ったその映像が、やがて彼らが避けてきた深層心理をあらわにし、傷つけていく一方で、同時に希望をもたらしていった。映画完成当時20歳だったビン・リュー監督が、パーソナルな部分からはじめた映像の数々が、やがて優れたドキュメンタリー作品として普遍性を帯びている。

アメリカ社会はつねに“男らしくあれ”“強くなれ”“タフになれ”といった呪縛にとらわれてきた。だが、時にはそれが暴力へとつながることもある。「それは社会のお仕着せだ」と語り、自分たちなりに対処してきた彼らだが、それでもその影響は根深いことにも気付かされる。

親子、男女、人種、経済など、数々の分断に悩まされながらも、それでも負の連鎖を断ち切ろうともがき苦しむ彼らの姿は胸を打つ。トランプ大統領の躍進は、グローバリズムが台頭し、アメリカンドリームが夢物語となってしまった現代ならではの現象だといわれているが、そうした時代に生きる若者たちのリアルな現実がここにはある。11月のアメリカ大統領選が間近に迫った今だからこそ、見ておきたい作品だ。

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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