巨大企業に富が集まる繁栄が健全と言えない訳

現代社会は縮退を止めない方向へ向かっている

アメリカの伝統的な市場万能主義の経済学では、物事というものは放っておけば「神の手」で最適な状態に落ち着くようになる、と考えてきた。そのためいままで見てきたような縮退も、そんなに深刻な重要課題として考える必要はない、としてあまり関心を持たないで来てしまったのだが、それでは本当にこうした社会の縮退も、放っておけば元へ戻るのだろうか。

ところがそれは容易には元へ戻らないと考えられるのである。なぜなら物理の原理に照らすと、先ほどの過程は基本的に不可逆過程なのであり、理屈からすれば、その際に絞り出された富と同額の金銭を外から注ぎ込まねば、元の状態には戻らないことになるからである。

実例を見ても多くの場合、一旦縮退状態に陥ってしまったものは、そこからゆっくり回復するより、むしろ全体が一種の大破局でリセットされてその更地から再出発していることが多い。

例えば現実の森林というものは、その平和的な外観とは裏腹に、太陽の光を奪い合う過酷な生存競争の場である。つまりその競争に勝って大きく育った木は、周囲の木より高い位置にたくさんの葉を茂らせて、太陽の光を独占的に吸収できる一方、下の小さな木はその陰に入ってしまって、十分な陽の光を得られなくなる。そしてある程度時間が経つと、森は勝者となった巨木で覆われて、その下は葉の陰となって昼でも暗いほどとなり、新しい若い木は育つことが難しくなる。

山火事は森林にとって必ずしもマイナスではない

そのため森林は古い巨木だけが繁った状態で固定化され、新陳代謝が停止してしまうこともよく見られる。これはまさに森林の縮退なのだが、ここでしばしば大きな山火事が皮肉にもそこからの脱出を助けることがあるのである。つまり山火事がそうした古い巨木をすべて焼き払ってしまうことで、地表に一時的に陽が戻って若い苗木が育つことができるようになるというわけである。

そのため、定期的な山火事はむしろ森林の活力を維持するためにはプラスの影響がある、という見方もあるほどで、実際に森林の生態系の中には、あたかも周期的に山火事が起こることを見越して、それを前提に成り立っているようなものもあると言われる。

これは森林に限らず、多くの生物で見られることであり、一見すると安定して定常的に見える生態系でも、実際には周期的にそうした破局を繰り返すことで、長期的に見れば安定状態を作っている、という例が非常に多いのである。

要するに縮退現象においては、しばしば神の手のようなスマートな自動回復機構は働かず、むしろ自然は多くの場合、まとめて全部を焼き払って更地に戻すような乱暴な方法に依存することで、世界が縮退した状態で固着してしまうことを防いできたのである。

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