巨大企業に富が集まる繁栄が健全と言えない訳

現代社会は縮退を止めない方向へ向かっている

こうしてみると、それらの良しあしの価値判断はあるいは相対的なものでしかなかったのかもしれない。例えば珊瑚礁でオニヒトデが大繁殖しているのを見れば、誰もがそれを悪いと思うだろうが、それは単にオニヒトデが醜い嫌われ者だからで、もっと美しくて食用にもなる生き物が大繁殖していれば、それはいいことだと解釈されたかもしれない、ということである。

しかし生態系の分野では、「悪い生態系」とは何かに関しては、一応の基準がちゃんと存在していて、両者は必ずしも相対的ではない。それによれば、一般に悪い生態系とは「少数の種だけが異常に繁殖してほかの多数の弱小種を駆逐し、種の寡占化が進んでいる状態」とされており、そのため先ほどの一連の話も、その定義の上からは一応は「悪い」と判定されることになる。

ただこの定義自体が、どちらかといえば一種の常識的なセンスによって緩やかに導かれた結論なので、徹底して論理的な根拠を問うとなると、その根底にはやや曖昧な部分が残ってしまう。

縮退のメカニズム

ところがここで「縮退」という概念を使うと、その根拠が物理や数学のレベルで与えられ、経済や生態系など分野をまたいでさまざまな分野にも統合的に適用できるようになるのである。

そしてここではそれらの食物連鎖や相互依存関係が矢印で示されており、下の図Aのようにそれらが全体を回ることで、多数の生物や企業同士の相互依存関係が一種の大きな生態系を作っているわけである。

ところが多くの場合、時間を経るにつれて図Bのようにその毛細血管のような矢印の「流域」がだんだん狭まってきて、資金の流れなどが超巨大企業と巨大機関投資家の2者の間だけで回るようになっていき、その際に矢印も太くまとまって、資金の流量そのものは増大する場合が多い。

(外部配信先では図を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)

(出所)『現代経済学の直観的方法』(講談社)

こういう状況になると、末端には資金がまったく回らないようになって、システムの外に追い出され、末端から壊死していくことになる。つまりたとえ中心部が栄えて全体としては量的に大きくなったとしても、生態系としては劣化している。これが「縮退」である。

これが悪い状態であることは常識でも一応わかるが、もっと論理的にはその良しあしの根本的な理屈はどう考えればよいのだろうか。その際にはこの話の本質が「偶然そういう生態系がうまく成立することが、どれほど稀で難しいことなのか」という点にあるということに注目すればいい。

この場合、バランスのとれた生態系では、それぞれの種が他の種に及ぼす相互作用が絶妙な値にセットされていることが必要である。つまり下の図aのように、弱小種に至るまですべての種同士の間で、互いの相互作用の値が絶妙に正確にセットされていなければならない。それらを全部適切な大きさにセットすることで、はじめてその生態系はバランスするのであり、それは経済世界の場合も同様である。

次ページ寡占化の中で作られるバランス
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