20代会社員が1人開発した「伊良コーラ」の正体 新商品の「瓶入りコーラ」は2万本が予約済み
ここからの動きが、電撃的に速かった。同僚に試飲してもらったのが2018年6月で、そのほぼ1カ月後の7月28日、小林さんはカワセミが描かれたキッチンカーを出動させて、国連大学前の青山ファーマーズマーケットに初めて出展したのだ。キッチンカーは、大学時代に仲よくしていた人が車のカスタマイズを仕事にしていて、依頼をするとすぐに作ってくれたという。
「車代とかシンクの購入費とか、全部含めて300万円ぐらいかかりました。そのときの貯金を全額ぶっこみましたよ(笑)。コーラの味に手応えもあったし、ワクワクしてたんでお金のことは気にならなかったです」
当時は伊良コーラのSNSもなく、自分のSNSでもあえて告知することなく迎えた7月28日。用意した150個の伊良コーラは、数時間で完売。小林さんは、うれしさと同時に「話で聞いていたことが現実になった」というこれまでにない感慨を覚えた。
「よく、お金は等価交換だとか、人を喜ばせたことがお金になるということは、本に書かれていたり、話で聞くじゃないですか。でも、実感したことがなかったんです。この日は、自分が完全にゼロから生み出した伊良コーラっていう商品が、お客さんに喜ばれて、その対価として500円をもらうという体験をして、すごく新鮮でしたね。会社員としてもらってきた給料とは、まったく別物でした」
広告代理店の社員として大きなプロジェクトに携わるのは、やりがいがあった。ただ、小林さんが苦手とする具体的な準備や段取りをコツコツと無難に進める能力が要求され、「自分に向いてないな」とも感じていた。「自分のポテンシャルを最大限発揮できてるか?」と自問すると、イエスと断言できないモヤモヤを抱いていた。
そのタイミングで、300万円の貯金をつぎ込み、自分のアイデアを形にして得たコーラ1杯分の500円は、特別なものだった。
世界初のクラフトコーラ・ベンチャー
それから、平日は会社員、仕事がない週末は「伊良コーラのコーラ小林」としてマーケットに出展という日々が始まった。広告代理店の仕事は残業も多くハードだったが、休日に体を休めようとは思わなかった。
「休日ってドライブ行ったり、ボウリング行ったりして遊ぶと思うんですけど、それが僕の場合は伊良コーラの出店でした。遊びとしてやっていたので、ただ楽しくて」
マーケットでの人気はうなぎ登りで、天気がいい日には250杯売れるときもあった。週末の忙しさは、心地よかった。いつしか、会社員の小林隆英より、コーラ小林としての自分のほうがしっくりくるようになった。
初出店からわずか5カ月後の2018年12月、小林さんは辞表を提出。最終出社日には「コーラ屋になります」と挨拶をして回った。
「会社員と違って、伊良コーラの活動は自分にしかできないものだなと思って。例えばクラフトチョコレートとかクラフトビールってヨーロッパやアメリカで生まれたものなんですけど、当時、小規模な工房で手作りされたこだわりのコーラという文脈でクラフトコーラという言葉はいくら調べても出てこなかった。伊良コーラは日本発で、世界初なんですよ。自分の時間やお金、能力というリソースをこの伊良コーラに投資したほうが世界にとっていい影響を与えられるなと思ったので、辞めました」
2019年1月29日、会社を設立。世界初のクラフトコーラ・ベンチャーが、下落合に誕生した。「2025年までに、コカ、ペプシ、イヨシといわれる3大ブランドの1つになる」という目標を掲げて。
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