AIは「新型コロナ禍の悪夢」を予言したのか 少極集中から分散型システムへの転換が急務

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アメリカはそれとはまた別の意味で市場経済への信仰が強い‟小さな政府”の代表的存在であるわけだが、社会保障を専門領域とする私のような人間からすれば、アメリカ、イギリス、イタリア、スペインにおいて今回のコロナ被害がとくに大きいという点は、皮肉にもある種の必然性をもっているように理解されるのだ。

日本の‟特異性”と「持続可能な福祉社会」のビジョン

ちなみに日本について見るならば、上記のように、現在の日本は先進諸国の中でも格差の大きい部類の国になっている。

それでもなお、また多くの国々の大都市に見られる‟ロックダウン”のような強制力の強い対応をとっていないにもかかわらず、5月半ば時点の状況において、他の国々に比べて‟桁違い”に感染者数と死者数(特に後者)が少ないという事実は、それ自体掘り下げて分析されるべきテーマだろう。

これは経験的な推測にすぎないが、おそらくそこに、かなり日常的なレベルでの「衛生意識や都市の衛生環境」が関わっていることは間違いないと思われる。

私自身、これまで一定の数の国々を訪れてきたが、ごく卑近な例で言えば、例えばトイレの清潔さという点ではおそらく日本は群を抜いており、その他「住居等に入る時に靴を脱ぐ」といった習慣を含め、ある意味で日常的すぎるため定量的に測定しにくいような、素朴なレベルの衛生意識や都市の衛生環境が(上記の格差と並んで)パンデミック拡大の帰趨を分ける重要な要因として働いていると考えられる。

一方、医療システムそのものについて見るならば、日本の場合、人口当たりのICU(集中治療室)の数がアメリカやドイツに比べて大幅に少ないなど、患者数が増えてきた場合の体制が極めて脆弱であることは確かである。

あまり指摘されることがないが、この背景は、これも拙著『人口減少社会のデザイン』第5章(医療への新たな視点)で論じたように、日本の場合、診療所(開業医)や中小病院に医療費が優先的に配分されており、高次機能病院への医療費配分が極めて手薄であることである。ICU不足はまさにその象徴なのだ。

したがって、やや強調して言えば、日本の場合、医療システムの脆弱性ひいては政府の対応の不十分さを、国民の衛生意識や都市の衛生環境でかろうじて‟カバーしている”という側面が確かにあるのであり、一度感染が拡大するとそうした脆さが一気に露呈する(=医療崩壊)おそれがある。

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いずれにしても、今回のコロナ禍は、格差や貧困の問題そして医療や社会保障制度のあり方が、それ自体にとどまらず、社会全体の真の「強さ」や回復力、あるいは脆弱性に深く関わっていることを提起している。

以上が「コロナ後の世界」の展望として挙げた、前半の〈(1)『都市集中型』から『分散型システム』への転換、(2)格差の是正と『持続可能な福祉社会』のビジョン〉であり、後半の〈(3)『ポスト・グローバル化』の世界の構想、(4)科学の基本コンセプトは『情報』から『生命』へ〉については、稿をあらためてさらに考えてみたい。

広井 良典 京都大学 人と社会の未来研究院教授

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ひろい よしのり / Yoshinori Hiroi

1961年岡山市生まれ。東京大学・同大学院修士課程修了後、厚生省勤務後、96年より千葉大学法経学部助教授、2003年より同教授。この間マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。2016年より京都大学教授。専攻は公共政策及び科学哲学。限りない拡大・成長の後に展望される「定常型社会=持続可能な福祉社会」を一貫して提唱するとともに、社会保障や環境、都市・地域に関する政策研究から、時間、ケア、死生観等をめぐる哲学的考察まで幅広い活動を行っている。著書に『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書、大佛次郎論壇賞)、『日本の社会保障』(エコノミスト賞受賞、岩波新書)、『人口減少社会のデザイン』(東洋経済新報社)など。

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