競走馬のように走り続ける現代人の「教養」信仰

希代の勝負師が語る本物の教養、偽物の教養

いい学校に入るのも、いい会社に就職するのもカッコに入るということと同じ。カッコに入れば先に計算される人間になれる。つまり得な立場になるということ。ところが、カッコの中は「得」と同時に「管理」が待っている。管理されて自由を奪われてしまう。だってカッコにくくられているのだから。

大企業に入っても役所に入っても、そこはさらなる厳しい競争社会だ。大きな組織で守られるから安心、安泰だと思ったら大間違い。より自分を縛るものが多くなるというのが現実でしょう。

カッコに入るために必死で勉強すれば、人より少し有利な立場になれるかもしれない。でも、誰かが作ったカッコに入り込んで、その実、大事な自由を奪われている。

「勝ち組」「負け組」という言葉

昔、「勝ち組」「負け組」という言葉がやたらはやった。いい仕事に就いて高収入を稼ぐ層。それに対して非正規雇用など、不安定な労働環境で収入も低い層。その2つに分かれるという。そして誰もが「勝ち組」になりたい、「負け組」になりたくないと考えるのでしょう。

頑張って勉強しなければならない。頑張って成果を上げなければならない。そうやって日本中の学生から会社員まで、全員がまるで競走馬のように1つのゴールを目指して走ることになる。

そんなレースで勝ったからって、その人は真の勝者なのか? 自分の人生が納得できるものになり、幸福を感じることができるだろうか? 少なくとも私はそれによって得るものなどほとんどないと思っている。

昨今の教養ブームもまた、そんな流れの中で出てきたものだと思う。教養を持つことで勝ち組になるための武装をする。「教養」は人を押しのけたり、倒したりする武器だ。自分が助かるための道具だ。

何のために教養を身に付けるのか? 私ならこう答える。それは人のためになる人間、役に立つ人間になるためだ。もっと言うならば、人を助け、救うことができる人間になるということ。

少なくとも自分のためじゃない。自分が得するためじゃない。ところが今の教養主義者、教養信奉者のほとんどは、自分が上に行くため、救われるために教養を身に付けようとしている。そんな人間が、本当の教養人だと言えるか? 知識はあるかもしれない。でもそれは自分を飾り大きく見せたいだけ。だから、どんなに知識や学歴があっても、その本質は卑(いや)しい心根の人間だ。

本当の教養人というのは、そういう人間じゃないと思う。自分を助けるのではなく、他人を助けることができる人。そのために自分の持っている知識や情報を役立てることができる人のことを言う。ただし、「人のために」と言うと、つい肩に力が入ってしまうでしょう。

私が言っているのは、ささやかなこと。せいぜい自分の周り、半径5メートル、10メートルの人間を大事にできるかどうか。つまり自分の家族、パートナー、仲間……。自分の日常の中で、目に見えて手が届く範囲の人たちに、ちょっとした力を貸すことができるかどうか。助けてあげることができるかどうか。

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