コロナに感染した父に「さよなら」を言うべきか

「愛する人がいない未来」に対する心の準備

またある意味では、人生におけるこの社会的解釈が人の死というもののイメージになっている。集団で行うアクティビティであり、はっきりと定義されたしきたりのもとに行われる儀式なのだ。父が亡くなれば、私は「Kaddish」と唱える。これは人が亡くなった後に1日3回唱えることになっているユダヤ教の祈りの言葉だ。しかし10カ月たったら、しきたりとしてそれを止める。

語る必要のないすべてのことを父に語るために、なにか宣言でもしたほうがいいのかと思うことがある。しかし言おうと思うことはすべて、なんだかとってつけたような、不必要なことのようにも思われる。父は自分が知りたいことが何なのかわかっている。みんなして今から喪に服す必要はない。それは彼の仕事ではない。

しかしある意味では、私はもうすでに嘆き悲しんでいるとも言える。父が永久にそこに存在しなくなるという新たな「当たり前の現実」への可能性に対して、背筋を正しながら心の準備をしているからだ。ほとんどの死別カウンセラーたちは、亡くなる前からその人のことを思って嘆くことを「予期悲嘆」、死までの煉獄の待ち時間、と呼ぶ。

父がいない未来に対して心の準備をしている

それは火曜日に私たちが病院から家へと車で向かっている時に始まった。父は回復の望みもなく生かされ続けることは望まないと私に言った。また、人々が集まっても安全な時期になったら、ニューヨークと自分が生い育ったロサンゼルスで追悼式をしてほしいとも言った。

私は悲嘆というものがどんなものかわかっているつもりだ。食品と死についての報告をまとめる中で、私はほとんど食べたり、料理したりしないという全国各地の未亡人たちと話をした。食べ物が家族生活における思い出に密着しているからだ。伴侶が亡くなって何年も経つというのに、食事を共にする日課となっていた夕飯時が一番辛いのだという。

お気に入りの茶色いクマのマグカップでコーヒーを飲んでいる父や、電話を切る前の父の声を懐かしむことになるだろう。父に電話したくなっては、もう父がいないのだということを思い出すことになるだろう。父は今まだ生きている、しかしそうではない未来に対して私は心の準備をしている。

朝5時にもう一度父を病院へ連れて行かなければならない。右車線を時速40マイルで走り、無言で涙をぬぐいながら。しかし素晴らしいミュージカルというものはバラードでは終わらない。どうすればいつものようにさりげなく「父さん、愛してるよ」と声をかけることができるのかわからない。だから今は一緒にいる時間を楽しくすごし、もう1本ワインを開けて最善の結果を祈るばかりだ。

*その後、筆者の父親は回復傾向にあり、近く仕事に復帰する予定

(執筆:Amelia Nierenberg記者)

(C)2020 The New York Times News Services 

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