パナソニックの経営「わかりづらさ」に募る懸念 企業文化の抜本的な改革は本当に必要なのか

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企業には、いろいろな評価基準があるが、現在は、主に財務情報を基準に企業価値が決められている。しかし、財務情報を重んじるアナリストの間でさえ「非財務情報」の重要性が叫ばれるようになってきた。その場合、経営理念、経営哲学など、経営者の考え方を主な分析対象にしている。これは、「経営の文学性」における内容に相当する。

加えて、「経営の文学性」で重要なのは表現だ。表現方法にもいろいろあるが、社長がスピーチをしたとき、従業員(やほかのステークホルダー)は何を基準にして「すばらしいリーダーだ」と思うのだろうか。

心理学者のアルバート・メラビアンによると、情報の受け手が、情報発信者の良しあしを判断する基準は、言語7%(言葉の意味)、聴覚(声の大きさや質、話し方)38%、視覚(見た目、表情、動作など)55%という割合であると言う。つまり、ほとんど、感覚的要素に基づき、「社長の値打ち」を決めている。「人は見た目が9割」といった類いの本がたくさん書店に並んでいるのも、このような先行研究があるからだろう。

ただし、知的水準が高い人ほど、言葉の意味に注目する。だが、この点においても、淡々と話すレポートトークよりも、心を揺さぶるラポートトークのほうが記憶に残る、という言語学の知見がある。人が作り話だとわかっていても、映画、小説に感動するのは、この原理が働いているからだ。この原理は、「経営の文学性」をつかさどる重要な要素である。

いくらしっかりとした合理的な内容であっても、それだけでは人には伝わらないということだ。だからこそ、ビジョン、経営戦略、そして戦術を、すべてのステークホルダーに浸透させるためには、彼らの心を躍らせなくてはならない。だからこそ、総合芸術である「経営の文学性」が求められるのだ。

短期間で企業文化を変えるのは至難の業

経済界の重鎮は言う。「最近、大物がいなくなった」と。「大物経営者」は、皆、「経営の文学性」に優れた人物だった。

経営がうまくいかなくなってから「うちの企業文化はおかしい」と言い始めても遅すぎる。苦難に直面しているときに、長い時間を要する企業文化の改革に力を入れている暇はない。そもそも、順番が逆である。長年染みついた企業文化を短期間で根本から変えるのは至難の業。付け焼き刃で改革しても、表面的に変わったように見えているだけである。むしろ、過去の文化との軋轢を起こし、プラスマイナスを測れば、マイナスの結果になることも少なくない。

本当に緻密な経営者は、この心理的マネジメントを巧みに実践している。現在の企業文化を改革するのに相当時間がかかると判断すれば、既存の企業文化を微修正しながらフル活用する戦術をとる。緊急事態時には、そのほうが得策となるだろう。

「お得意先に行って、きみのところは何をつくっているのかと尋ねられたら、松下電器は人をつくっています。電気製品もつくっていますが、その前にまず人をつくっているのですと答えなさい」

パナソニックがまだ小さな会社だった頃、松下幸之助氏が従業員を前にして話した有名なセリフである。まさに、この一言は文学と言えよう。表現のおもしろさもさることながら、従業員の魂を揺さぶる奥深き意味が包含されている。

松下幸之助氏といえば、人心掌握に長けていたことで知られているが、方や、冷徹なほどの合理主義者でもあった。しかし、合理性を貫こうとするとき、人の本質を物語る言葉を駆使し、合理主義の納得性を高めた。つまり、本来味気がない合理性に、人の血を通わせたのである。「経営の神様」と呼ばれたのは、単に短期間に高成長を果たしたからだけではない。発する言葉に人々が聖人のテーストを感じたからだろう。

パナソニックは、服装を変えシリコンバレー・テーストを「輸入」するのも悪いとは言わないが、その前に、創業者が築き上げた「経営の文学性」を見直したほうがいいのではないか。

長田 貴仁 経営学者、経営評論家

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おさだ たかひと / Takahito Osada

経営学者(神戸大学博士)、ジャーナリスト、経営評論家、岡山商科大学大学客員教授。同志社大学卒業後、プレジデント社入社。早稲田大学大学院を経て神戸大学で博士(経営学)を取得。ニューヨーク駐在記者、ビジネス誌『プレジデント』副編集長・主任編集委員、神戸大学大学院経営学研究科准教授、岡山商科大学教授(経営学部長)、流通科学大学特任教授、事業構想大学院大学客員教授などを経て現職。日本大学大学院、明治学院大学大学院、多摩大学大学院などのMBAでも社会人を教えた。神戸大学MBA「加護野忠男論文賞」審査委員。

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