パナソニックの経営「わかりづらさ」に募る懸念 企業文化の抜本的な改革は本当に必要なのか

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文学にはさまざまなジャンルがあるが、ノーベル文学賞の候補となる純文学は、比喩、隠喩、擬人法などを駆使した詩的表現で書かれている。このような1文1文の表現をかみ砕いて読んでいくことに純文学の面白さがある。例えば、日本人で初めてノーベル文学賞を受賞した川端康成氏の『雪国』は、三島由紀夫氏が嫉妬したと言われているほどの美しい日本語で表現されている。例えば、書き出しの有名な一節だ。

〔国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。〕

難しいと感じる人がいるかもしれないが、この短い文章から豊かなイメージが湧き、次の展開を読みたくなってくる。本稿は文学批評ではないので、ここでは詳しく書かないが、この視点から見ると、松下幸之助氏は「経営の文学性」に優れた経営者だった。わかりやすい言葉を使いながらも脳裏に刻まれる表現に仕立て、難しい経営、人としての生き方について哲学的に語った。筆者は、幸之助氏を偉大なる「大衆経営文学作家」と命名したい。今、この点で幸之助氏に匹敵するのは、京セラ創業者の稲盛和夫氏だろうか。

津賀社長も「創業者の名言は、重要ながら当たり前のことをわかりやすく表現した言葉ばかりですが、私は、それらをさらにシンプルにして社員に伝えようとしています。そうすることで、自分たちの言葉として定着していくのではないでしょうか」と語っているように、表現者としても幸之助氏を尊敬している。

では、津賀社長に加えて、新しく登場した「文化大革命の志士」たちの文学性はどうか。高学歴で頭がよく、凡人では達成できないようなキャリアの実績も積んでいる、プレゼンも上手、そして、これまでの大阪弁でダジャレを飛ばすおじさんとは、言動だけでなく、身なり、風貌も違う。では、彼らの発言に、従業員は本当に感動しているのだろうか。

パナソニック社内だけで通じる表現

「あの人たちは、いったい何を言っているのでしょうか。別世界に住んでいる人の話に聞こえます」「うちも、賢い人が増えすぎたのかもしれませんね」――こんな嘆きの声も聞こえてくるのだが。

このように話すパナソニックの従業員にも、今や、文学性に富んだ人は少なくなったような気がする。ずいぶん意地悪な見方と思われるかもしれないが、実際に筆者が直面した一例をあげておこう。

パナソニックの従業員と話をしていると、日常語として使っている言葉に、外の人間が違和感を覚える表現がいくつかある。具体的に書くと支障があるかもしれないので割愛するが、社長が使っている言葉を役員も使い、役員が使っている言葉を中間管理職や一般社員も無意識に話しているのだ。どこかの国家の政党を思わせる企業文化である。これが、「金太郎あめ」と言われるゆえんか。

たぶん、この現象にパナソニックの人は気づいていないことだろう。慢性化しているのかもしれない。硬直化した統一文化を破壊しようとしている津賀社長自身も「パナソニック語」を無意識に口にしている。笑えない皮肉な現象だ。

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