「生活保護」で俳優を目指す46歳男性の葛藤 なぜそこまで「母に認められたい」と思うのか

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借金の取り立てから逃れるために生活保護を利用する――。はたしてこんな方法はアリなのか。知り合いのケースワーカーに聞いてみたところ、実はありうる話だという。

最低限度の生活を維持するという制度の趣旨から、保護費から借金を返済することはできない。逆もしかり。保護費と知りながら、借金を取り立てることもまたできないのだ。

このケースワーカーによると、弁護士が依頼人を悪質な取り立てから守るために、自己破産までの間、あえて働かずに生活保護を利用するようアドバイスすることはあるという。セーフティーネットとしての生活保護制度には不十分な面もあるが、いったん利用できれば、それなり手厚く守られるということなのだろう。

「俳優として成功できると思いますか?」

ヒロアキさんとは、夕方の早い時間に都内のファミリーレストランで落ち合った。私は、ヒロアキさんから体質的に合わない理容師を続けた理由や、独立を急いだ理由を聞いても、どこか釈然とできずにいた。

「母から認められたい」。取材ノートを見直すと、この言葉があちこちにメモされていた(筆者撮影)

「母に認められたいから」という言葉にすべてを集約してわかったような気になっていいのだろうか、という迷いがあった。取材は長引き、気がつけば終電の時間が迫っていた。さすがに潮時だろう。

ノートを閉じかけたとき、ヒロアキさんが切羽詰まった様子でこう尋ねてきた。「俳優として、私は成功できると思いますか?」。

難問である。少なくとも「母から認められたい」と思っているうちは、難しいだろう。当然ながら、親は意図的に子どもから自己肯定感を奪うわけではない。

「愛の反対は憎しみではなく無関心」という言葉があるけれど、愛憎半ばしているうちは親の呪縛からは逃れられない。それこそ親の死に目に会えなくても「それが何か?」と言える境地に一度は至らなければ、いったん歪んでしまった絆から自由になることはできないと、私は思う。

迷った末に、私はただこう答えた。「成功してほしいと思っています」。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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