はたして「MMT」は画期的な新理論なのか暴論か 経済学主流派の欺瞞を暴いた新理論の正体

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国債発行で分子が増えればそうなるはずだという気がするかもしれませんが、そうとも限りません。日本でも、育児支援や教育無償化について、これらの施策が長期的には国の豊かさをもたらすから重要なことなのだと主張する人がいます。ところで、本当にこれらの施策が国に豊かさをもたらしてくれるのなら、育児支援や教育無償化はインフレ圧力を生まないはずです。

なぜなら、そうして育てられた世代がやがて生産活動に参加してくれるようになれば、分母の将来税収を増やしてくれるでしょうし、それは現在の物価水準を押し下げる効果、つまりデフレ効果すら生み出すはずだからです。つまり、こうした施策が現在時点でインフレ的な効果を生むかデフレ的効果を生むかは、それらが将来の日本を豊かにしてくれるか、あるいはそうでないかということについて人々が抱く予想次第なのです。

育児支援や教育無償化など福祉の拡充を主張するMMT派の議論に対して、「そんな主張を認めたらインフレになる、それもハイパーインフレになる」という理由で反対する政治家や有識者も少なくないようです。

しかしその一方で同じ人たちが、日本経済に成長力を取り戻すために役に立つのだというような理由で、育児や教育への支援に賛成するのを見たり聞いたりすると、彼らの頭の中はどうなっているのかとのぞき込みたくなるようなところがあります。

育児支援にも教育支援にも「賛成」の理由

誤解がないように書き添えておくと、私は育児支援にも教育支援にも賛成です。ただ、それに賛成する理由は、そうした施策が人々の「心の豊かさ」につながるから賛成なのであって、将来の税収増を期待して賛成するわけではありません。

ですから、そうした施策がインフレ圧力を生むのなら、それが意図せざる分配の不公正を生まぬよう、金利を引き上げて人々の将来への備えである貯蓄がインフレで目減りするのを防ぐのが中央銀行の仕事だと思っています。また、そうして対処できるインフレは、MMT批判者が言うような「ハイパーインフレ」なんかではない、普通のインフレだとも思っています。

ただ、そこまで断ったうえでも、MMTは危険な主張だといえます。それは、インフレが生じてきたら増税すればいいという、何となく穏当そうに見える主張の背後にあります。

経済学主流派の面々がケルトンに最もてこずっている点は、彼女がこうした「安全装置」を付けて、「安全装置が付いているから財政を拡張してもいいでしょう」という議論を展開しているところにあるようですが、私からすればこれが最も危険な主張に思えます。

それはインフレに増税で対処することを自動化すれば、財政を拡張しても問題ないという発想自体が危ういからです。

育児支援や教育無償化などと言うと論点が錯綜するので、この際、少なくとも簡単には将来の富を生まない財政活動を思い浮かべてください。

ケインズ経済学の有名なたとえ話である「道路に穴を掘って埋め戻すという工事でも、失業を解消し総需要を拡大するから、経済にプラスになる」というのでもいいのですが、ややたとえが古臭いので、「毎年百万人の高校生を修学旅行として宇宙ステーションに招待し、そこで青い地球をながめることで環境問題の重要さを感じてもらう」というあたりでどうでしょうか。

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