日本経済の活性化 市場の役割・政府の役割 伊藤隆敏・八代尚宏編 ~それでも広範な分野で改革は必要と諄々と説く
小泉構造改革路線は頓挫し、郵政「再国営化」に見られるように、改革逆行になっている。本書は、改革の旗を揚げる経済学者たちの論文集である。論文集ではあるが、経済社会環境の変化に対応した最適の制度への改革を進めていかなければならないという共通の問題意識の下で、農業、林業、雇用、金融、財政、社会保障という広範な分野が分析されており、散漫な感じはない。
考えてみると、日本には草も生えない不毛の地というものがない。本書は、豊かな農業資源と優秀な農業人材があるにもかかわらず、日本の農業が衰退しているのは、誤った政策で人々の能力が発揮されていないからだとする。誤った政策がなされる要因として、農家戸数の減少につながる規模拡大を嫌い、組合員数の維持を望む農協の存在を挙げる。小農を守るためと組織されてきた農協が経済社会環境の変化に対応できなくなっている現状が示される。
農業衰退の理由について知識と意見を持つ方は多いが、林業についてはそうではないだろう。本書によれば、日本とフィンランドの森林面積はほぼ同じであるにもかかわらず、森林予算は日本が10倍であるという。わずかな行政官に任されている問題を、経済学で分析していく様は圧巻である。
年金保険料を払わない人がいても年金は破綻しないという議論がある。払わない人には年金を給付しなくてもよいから正しい議論ではある。しかし、年を取り働けなくなった人を、国家が放置することはできない。医療保険についてはなおさらである。未納者の子供を治療しないなどということはできない。社会保障の意義から考えれば、強制的に徴収できる税で社会保障を維持することが正しいことを諄々と説いていく。
いずれの論文も説得的で、改革が必要なことがわかる。であるなら、なぜ改革は頓挫してしまったのだろうか。本書はそれにも答えている。その理由として、本書は、グローバリゼーションの下での地域経済の停滞、雇用不安の高まり、社会保障費削減への反発を挙げている。しかし私は、前向きの目に見える改善をもたらす改革が少なかったからではないかと思う。郵政民営化は、電電公社と国鉄の民営化の時のようには変化が感じられなかった。
改革は頓挫しつつあるが、いかなる政権も、膨大な財政赤字を抱えては、改革をするしかない。細かな補助金を一般的なバラマキに代えることは、人々に誤ったインセンティブを与えることが少ない。羽田国際化も進むだろう。改革の頓挫を嘆く本書は、悲観的に過ぎると思える。
いとう・たかとし
東京大学大学院経済学研究科教授。1950年生まれ。一橋大学経済学研究科修士課程修了。米国ハーバード大学でPh.D.。
やしろ・なおひろ
国際基督教大学教養学部教授。
1946年生まれ。国際基督教大学教養学部、東京大学経済学部卒業。米国メリーランド大学でPh.D.。
日本経済新聞出版社 2520円 240ページ
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