大塚明夫「声優として生き残れない若者の特徴」 下積みができない人は声優なんてやめときな
加えて言っておくと、女性声優の場合、洋画吹き替えの世界に限らず、こうした年齢競争がより過酷です。20代になっただけで売れなくなってしまう子もいるくらいです。16、17歳が一番売りやすい、というような風潮もあります。
高校を出て、声優学校に行って養成所に行って、というルートを踏んでいれば現場に出るのはどうしたって20歳くらいになりますから、「若いうちだけ使ってすぐに交換すればいい」と考えているアコギな大人に捕まったら悲惨です。
嘆かわしいことですが、手をかけなくても売れるものを拾ってきてばらまいて儲けよう、と考えている大人がこの世界には大勢います。まっとうな生産社会でないというのはそういうことなのです。
その中に無鉄砲に飛び込んで、売れなければ捨てられて、という顚末をたどる若者を見続けてきた私としてはやっぱり、「声優だけはやめときな」としか言いようがないのです。そんなのは自分の育った環境に比べればリスクでもなんでもない、と本気で言い切れる人だったら仕方がないですが、それでも「よし頑張れ」とは言えません。
若い声優たちに抱く違和感
若い声優たちと接していると、彼らが本当に役者としてキャラクターを演じたいと思っているのかどうか、よくわからなくなることがあります。モブを脱したい、レギュラーを取りたい、大きな役がほしい、という意欲があまり見えないのです。内心ではいろいろ思っているのかもしれません。でも行動に表れていないのでは周りの人間も判断しようがないのです。マネージャーだって、やる気の見えない声優にわざわざ仕事は持っていきません。
「役者の大小はあるが役の大小はない」、なんて言葉がよく演劇の世界では言われます。しかし、私はあると思います。物語の中で構造材として要求される部分が大きいか小さいか、それが役の大小です。
強烈な才能を持つ役者がシェイクスピアの芝居で伝令役をやったら、観客が「あの伝令にはものすごい意味があるのかもしれない」と思うかもしれません。普通の役者がやってもそうはならない。そういう意味では、確かに役者の大小は役の大小を超えるのかもしれません。でも役の大小もやっぱりあると思うのです。マクベスやリア王のほうが大きい役に決まってます。
そして、やはり大きい役をやったほうが演じる楽しみというのはよりわかってくるものだとも思うのです。一言二言しか言えない役ばかりだったら、芝居の本当の面白さ、奥深さを味わう機会もなかなかないでしょう。
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