「お金の無心をしてくるのは、いつも母でした。私が借金の額を尋ねても『お母さんを信じてくれればいいから』『これで最後。これで何とかなるから』と言うばかりで……」
終わりの見えない借金地獄に、ケンタさんは勤怠が不安定になり、そのたびに転職を繰り返した。結婚するつもりで付き合っていた女性とも、借金が原因で別れたという。不幸な環境だとは思うが、断るべきは断らないと、会社を転職しても、問題は何1つ解決しなかったろう。貧困の連鎖を断ち切る機会は、ケンタさんにもあったのではないか。私の疑問に、ケンタさんはこう答えた。
「親を信じた私がばかでした。正直、親のことは恨んでいます。ただ……。父は私にも、母にも暴力をふるう人でした。母はかわいそうな人でもあったんです。私には母を見捨てることができませんでした」
父親はすでに他界。晩年は絶縁状態だったが、仕事を転々とするケンタさんのことを「甘えている」「努力が足りない」と批判していたという。母親からは、数年前に口論になった際、初めて「私たちがあんたの人生を狂わせてしまった」と言われたという。
ケンタさんは最後は自己破産を選択。ちょうど30歳になる直前のことだった。人生の再スタートが切れると思ったが、その後の“非正規人生”はすでに書いたとおりである。30歳を過ぎてからの再チャレンジを、社会は許してはくれなかったということだ。
政府は守ってくれず、食事に気を遣う気力も余裕もない
政府は現在、就職氷河期世代を対象とした就労支援プログラムを実施している。しかし、ケンタさんは「私のような40代後半は対象外です」という。実際に昨年、兵庫県宝塚市が募集した就職氷河期世代の正規職員の対象は「36~45歳、高卒以上」だった。
確かに、政府の資料を読むと、就職氷河期世代とは「2019年4月現在、大卒で37~48歳、高卒で33~44歳」とある。厳密な話をするのであれば、ケンタさんの最終学歴と年齢は、ぎりぎり“定義”から外れてしまう。
取材で出会ったケンタさんは大柄な人だった。身長180センチ、体重100キロ。しかし、体重のベストは75キロだという。今度こそ働き続けられると期待しているときは、食生活にも気を遣うので健康的にやせる。しかし、その期待が裏切られるたび、食事に気を遣う気力がなくなり、太ってしまう――。その繰り返しだという。
「最近はパンか、うどんか、パスタか、お米でお腹が膨れればいいという感じです。それがいちばん簡単だし、安いですから。そもそもたいして生きたいとも思ってない人間が、なぜ食事をしないといけないのか。安楽死できないかと、毎日本気で思っています」
今日日(きょうび)、貧困層ほど糖尿病が多いことはデータでも裏付けられている。食事が安価な炭水化物に偏りがちだからだ。以前、片山さつき参議院議員が週刊誌の対談で、食事に事欠いている貧困層などいないという文脈の中で「(日本は)ホームレスが糖尿病になる国ですよ」と発言していたのを読んだが、あらためて見当違いも甚だしいと思う。
ケンタさんに言わせれば、ジム通いをして体重管理をしたり、食事のバランスに気を配ったり、炭水化物抜きダイエットをしたりできるのは、「神話の世界の人」だという。
ケンタさんは、今はビル清掃の仕事をしている。実は毎月の収入は20万円ほどだという。しかし、契約形態は雇用ではなく、業務委託。最近、増えつつある“名ばかり事業主”である。究極の不安定労働でもあり、いつクビになるかわかったものではない。
昨年のラグビーW杯の日本チームによる快進撃も、年末年始のバラエティ番組も、今年の東京オリンピックも、ケンタさんは、明るい話題は見るのも、聞くのも嫌だという。
「ただただ社会への恨みが募るだけです」
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