大塚明夫「プロ声優と素人を分かつ決定的な差」 「いい声」に囚われる限り人の心は動かせない
しかし、素人がいい刀を持ってもうまく使えません。逆に、剣術の達人ならば刀が悪くてもうまい戦い方はできる。そういう意味で私は、親からいい刀を受け継いだ人間なのでしょう。でも、何も考えずにそれを振り回していたら今ここにはいないはずです。同じ理由で、「声がいいから声優になれるかも」なんて言う人に対しても「馬鹿なことをお言いでないよ」と返すしかありません。
自分は声がよくないから駄目なんだ、と言う人もいますが、皆が立派な「いい声」だったらこれはこれで作品が成り立ちません。サッカーでもボールは人のいないほうに来るのです。これはよく演出家の早野寿郎先生が使っていたたとえだそうですが、ライオンだらけでは動物園にならない。サルだの馬だのウサギだの、いろんな動物が必要です。
ですからまず、自分の声の良しあしのことばかり考えるなよ、ということを「いい声」にこだわる若手声優には言いたい。わざと低い声を出して、格好つけることによってファンを捕まえようったってそれじゃお前芝居になんねえよ、パスをこっちまで回してくれよ、という話なんです。
どうやって「役づくり」すればいいか?
「役づくり」についてもう少しお話ししましょう。役を作るというと、「自分の役がどういう人物かをよく考える」ことから始まるように思ってしまいがちですが、私は“入り口”はそこだけではない、と考えています。
私がまず考えるのは、その人物が「何をしに物語の中に出てきたのか」。シナリオの構成上何を目的にしているのか、そのキャラが果たすべき役割は何なのか、です。性格や好みを探るのはその次の作業になります。
家を建てるときのことを考えてみてください。ある柱が、家のどの部分の構造材かがわかれば、その柱を使ってやるべきこと、やってはいけないことが自然と見えてくるはずです。家の中心を支える柱ならこの位置をとらなければならない、1つの部屋の一角を支える柱なら反対側にもう1つ同じ高さの柱を立てよう、この柱をこっちから釘打ちしちゃいけないぞ、などなど……。
大切なのは、それが見えると、かえって自由が増えるということです。だってやっちゃいけないことはもうわかっていて、やるべきこともやれているわけですからね。キャラクター解釈を膨らませる、深読みする、ちょっと先への布石を打つ。それらはすべて、やるべきこと、やるべきでないことを固めたうえだから可能な技なのです。何をしたらアウトなのか、わかっていない状態では腕を大きく振り回すこともできません。
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