「家族を想う時」が描くイギリスの底辺と分断 貧困はあの手この手で労働者から時間を奪う

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本作を見ながら筆者がすぐに思い出したのは、イギリスのジャーナリスト、ジェームズ・ブラッドワースが書いた『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した 潜入・最低賃金労働の現場』のことだった。

『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した 潜入・最低賃金労働の現場』ジェームズ・ブラッドワース 濱野大道訳(光文社、2019年)

本書では、著者がアマゾンの倉庫、訪問介護、コールセンター、ウーバーのタクシーで実際に働いた経験がつづられると同時に、イギリス社会の性質の変化も掘り下げられる。

2008年の世界金融危機以後の変化は、大きく2つに分けられる。

1つは、政府の緊縮財政政策だ。政府は公共サービスのための予算を大幅に削減し、業務の一部を民間企業に委託するようになった。『わたしは、ダニエル・ブレイク』には、その現実が浮き彫りにされていた。

そして、もう1つの変化が、以下のように表現されている。

「世界金融危機の後、自営業者が100万人以上も増えた。その多くが、インターネットなどを通じて単発の仕事を請け負う"ギグ・エコノミー"という働き方を選んだが、彼らに労働者の基本的な権利はほとんど与えられていない」

ローチが本作で掘り下げているのは、このもう1つの変化だ。リッキーは、追跡機能を備えた集配用端末に管理され、時間に追われまくる。運転台を2分離れると電子音が鳴り響く。仲間からは、尿瓶として使う容器が手渡される。そして、彼に重くのしかかるのが、代わりのドライバーを見つけられずに仕事を休めば、100ポンドのペナルティが課せられることだ。

「個別化」がもたらす苦悩

そんなリッキーの状況は、2018年にイギリスで実際に起こった事件を思い出させる。糖尿病を患っていた大手運送業者DPD社の53歳のドライバーが、150ポンドのペナルティを恐れて、治療の予約をしても通院できずに働き続け、仕事中に倒れて病院で死亡した。彼は19年間もDPD社と契約して働いていたという。

一方、妻のアビーも追い詰められる。彼女の状況は、緊縮財政と深く関わっている。地方自治体への予算削減や社会福祉介護事業の民営化によって、介護スタッフは不安定なゼロ時間契約を強いられる。彼女の場合も、支払いは訪問ごと、交通費は自腹で、朝7時半から夜9時まで働く。車が使えなくなり、バス移動になったことで、彼女の負担はさらに大きくなっていく。

そんな状況で、息子のセブが学校をさぼり、トラブルを起こすようになったとき、家族は負のスパイラルに引きずり込まれていく。

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