朝日小学生新聞「謝罪」に見る日本に起きた変化 人種差別のとらえ方が変わってきている
日本に長く住めば住むほど、人々や文化をよりよく知るようになり、またその環境をよりよく理解することができるようになってきた。日本は今もすばらしい変化を遂げている。最近の朝日新聞のグループ会社で起きた「謝罪」は、この変化を感じさせるものだった。
事の発端は、11月10日付の朝日小学生新聞で児童虐待について取り上げたことだった。同記事に使われていた虐待例を示すイラストに描かれていた加害者の何人かが、おそらく被害者との対比を明らかにするために、より濃い肌の色になっていたのだ。朝日小学生新聞は朝日新聞社のグループ企業である朝日学生新聞社が発行している。
イラストが招きかねない差別
悪意を示す「黒さ」は、日本社会だけでなく、白人社会においても長い伝統があるが、朝日小学生新聞のイラストは、今の時代、控えめに言っても非常に残念な選択だった。日本人かどうかにかかわらず、黒みのある肌を持ちながらこの国を故郷と呼ぶ私たちにとって、これは私たちが生涯を通じて差別的な行動を受ける結果を招くことになりかねないからだ。
差別的な行動とは、日本の学校に通う子どもたちや、日本で仕事や家を探している人だけでなく、単に道を歩いたり、公共交通機関に乗ったり、カフェに立ち寄ったりする人にも影響を及ぼす。黒みがかった肌の人はまるで性格が暗く、知性が足りず、不適切な社会性や性癖をもっているのではないかといった指標で判断される可能性も(受け入れがたいが)高いだろう。
だから、この記事に対して、日本に住む濃い色の肌を持った人たちや、彼らを応援するあらゆる人種がSNSで抗議と憤りの声があがったのは当然だ。通常、こうした主張は無視され、聞き入れられることはまずない。しかし、今回の苦情は朝日の代表者に届いた。そして数日後には、朝日小学生新聞の紙面に「ごめんなさい」と題した謝罪文が載せられた。
日本企業がこうした件で謝罪する場合、たいていがっかりさせられることが多い。謝ることが目的のため、「日本のビジネスのやり方は、あなた方非日本人的感覚に合わないようで残念に思う。このやり方があなたの気に障ったのなら申し訳ありません」といった謝り方をするのだ。多様性に対するぎこちなさは仕方ないのかもしれない。
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