井上尚弥が「週刊誌の記事」にあえて怒った理由 モットーは「あるがままに正統にしゃべる」

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ひと昔前なら、黙認し、書かれ損の時代だったかもしれないが、こういう問題が起きるとSNSはつくづく便利なツールだと感じる。基本、「余計なことは言わない、書かない」が僕のSNSに向かうスタンス。

それでもネットは日常的に見るし、エゴサーチまではしないが、僕の記事に書かれているコメント欄も読む。更新回数や頻度は、おそろしく少ないが、ファンの方々との交流を深めるためにも、できるだけ発信していきたいと考えている。

だが、オファーをいただいてから、実際にSNSを始めるまでにかなりの時間がかかった。正直に言えば、拒否していたのである。プロのボクサーは、リング上のパフォーマンスだけで評価されるべきもの。それが僕の考え方だった。ボクサーはリング以外で、日々いったい何をやっているのかわからない。プライベートをさらけ出すことはせずに、ファンとの適度な距離感と神秘性を作っておきたかったのである。

海外のトップボクサーは、記者会見や計量の際にトラッシュトークと呼ばれる一種のショーを演じる。時には相手を罵り、時には威圧して、一触即発のシーンまであって試合を盛り上げていく。それが、自由な表現の国であるアメリカの文化。エンターテインメントスポーツとして言葉という道具まで有効に使っているのかもしれないが、僕も一緒になって、同じ言動、行動をとっていたら、その他の1人でしかなくなってしまう。

求めるスタイルは、SNS全盛の今の情報社会には合っていないのかもしれない。僕なりの違ったスタイルのボクサー像を作りたいと考えていた。正統派のチャンピオン像を貫きたかったのである。そのスタイルが僕なりの美学である。

しかし、そういう思いとは裏腹に、井上尚弥の名前は、なかなか既存のボクサーの枠を超えて弾けてはくれなかった。日本最速記録となるプロ6戦目で世界タイトルを取っても、ライトフライ級時代は内容もいまいちで、世間的な注目も認知度もなかった。

そこに焦りもあった。

「あるがままに正統にしゃべる」

2階級制覇を果たしたオマール・ナルバエス(アルゼンチン)との試合から少しずつ知名度がアップしてきたが、拳の故障で1年のブランクを作り、その後の防衛戦では、対戦相手のインパクトが薄い試合もあったので、いかに試合を盛り上げるかを意識して記者会見ではしゃべった。

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マスコミ嫌いではないが、人前で話すことは好きではない。そんな僕が思い切った発言を続けていた。

バンタム級に転向、WBSSへ参戦し、インパクトのあるKO勝利が3試合続くと、ガラッと世間の見方が変わり、ボクシングファン以外の方々の間でも、少しは井上尚弥の存在を知っていただけるようになった。バラエティー番組のトーク力やリング外の話題ではなく、ボクシングの中身でファンが認めてくれたのである。これを望んでいたのだ。

記者会見では「あるがままに正統にしゃべる」をモットーにしている。SNS発信の基本姿勢も同じだ。今はアンチも少なく、炎上騒ぎも批判もない。

今後、どこかでコロッと負けたら、何を書き込まれるかわからない。それでもぶれないでいたい。見せたいのはプライベート写真でなく感動と共感を呼ぶボクシングなのだ。

井上 尚弥 プロボクサー

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いのうえ なおや / Naoya Inoue

1993年、神奈川県出身。大橋ボクシングジム所属。高校生初のアマチュア7冠を達成し2012年プロデビュー。翌年、日本ライトフライ級王座、OPBF東洋太平洋同級王座をそれぞれ当時国内男子最短で獲得。
2014年にはデビュー6戦目でWBC世界ライトフライ級王座を、8戦目でWBO世界スーパーフライ級王座を獲得し、2階級制覇を達成する。2018年は階級をバンダム級に上げWBA世界バンタム級王座を獲得して3階級制覇を達成。2019年にはIBF世界バンタム級タイトルマッチにも勝利し、現王者。プロ通算戦績19戦19勝16KO。

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