第1回 海外和書販売事情

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外国の本屋さん――そこから連想するものは大抵「知的」「文学的」、たまに「ロマンティック」等々。でも実際はローマ軍なみに毎日戦争状態だ。
 外国で日本の本や雑誌を見ると、価格は高い。そして入荷も遅い。この辺りは物理的に遠隔地故の経済原則にある程度従わざるを得ないので、せめてそれ以外は日本での書店体験に近いものを提供しようと日々奮闘する。
 そんな日常で耳目にすることをいくつかお届けしたい。

ここシドニー店においては、海外のお店では実現が難しい「日本人スタッフ常駐」を実現。
 前任地のドバイ店では、スリランカ、モロッコ、チュニジアと地図で場所を確認したくなるほど遠い国の人たちが、やむなく担当者をしていた。
 遠いのはお互い様で、初めて見た日本人が上司だったりする。まずフロアスタッフを揃えるのが一苦労なのだ。

ではどんな方がお客様として来店されるのか?
 同胞日本人は当然として、ご当地出身で日本の文化に好意的な人たちの姿も。
どちらかというとファッション、マンガやアイドルといった日本文化のメインではないほうのカルチャーを愛好いただいている。
 中国人女子留学生が日本のファッション雑誌というのは微笑ましい限り、そして骨太なオージー男子がネコ耳を付けてラノベ系のコミックを買っていくのは、頼もしい限り。

もちろん各種悩みも尽きない。
 ふとファッション雑誌を手にとって見ると「夏のコーデ特集」「日差し対策のメイクアップ」…。シドニーは、今は冬。そう、南半球の季節は日本と逆なのだ。
 以前、赤道直下のシンガポールでも「年中真夏特集のファッション雑誌は?」という無理難題に直面した経験があるけれど、真逆はさらに辛い。
 こちらでビーチだ、バーベキューだ、と言っている時期に「ちょっと大人のコート着こなし術」「今年の冬ブーツ、イチオシ」。市場のニーズに応えるのはいろいろな意味で難しい。

思い出に残るのは、ドバイ店で、顔しか出ていない黒い伝統衣装を来た女子学生たちが来店し、笑顔で日本のファッション雑誌を買っていったこと。
文化も宗教も違う中東で極東の雑誌を喜んでくれる人がいると知り、日本という国から来たことに誇りを感じた一瞬だ。

シドニーでも一期一会をモットーに、オージー流ではあるけれど心地の良い接客を心掛けている。「本と人が出合う場」という意味において、本屋に国境はない。

山田 拓也 紀伊國屋書店シドニー店 支配人

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やまだ たくや / Yamada Takuya

紀伊國屋書店入社以来、シンガポール、ドバイ、シドニーで、英語、中国語、仏語、独語そしてアラビア語書籍の販売に携わり、インド、ウズベキスタン、エジプト、エチオピア、ケニア、シンガポール、ジンバブエ、スリランカ、タイ、中国、チュニジア、ドイツ、トルコ、ネパール、パキスタン、バングラディシュ、フィリピン、香港、マレーシア、ミャンマー、モロッコ、オーストラリア人等と働く。多様な価値観との接触が趣味の書店員

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