NHKに20年在籍した僕に見えた公共放送の役割 多様な価値を受け止める土壌を守る必要性

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ジャーナリズムが逆に「届かない声」になりつつある時代に必要なことは?(撮影:今井 康一)

「公共放送」に入局し、最初に赴任したのは秋田局でした。新幹線が秋田まで開通していない頃、盛岡から田沢湖線で2時間弱。着いて早々の歓迎会で前後不覚に酔った挙句、新調したスーツを汚す粗相をして、先輩たちの手を煩わせました。

「声にならない声」を届ける

翌朝記憶のないまま目を覚まし、酔いの残った状態で会議室に呼び出されました。雷を落とされる覚悟でいたら、局長はむしろ僕を励まし、背中を押す言葉をかけてくれました。スタッフを「ちゃん」付けで呼ぶ癖のある放送部長が最後に言いました。「大友ちゃん、わかってる? 声にならない声をすくい上げるの。届けたいと思っていても社会に届かない人の声、それが公共放送の役目だからね」と。

翌日から始まった怒涛の日々。報道から芸能、スポーツ、教育まで。年配の方の方言は隣県出身の僕でも手に負えず、録った素材のなかに放送禁止用語があって大目玉を喰らったり。何よりバブル期の東京で浮かれていた若造には、過疎が進む日本海側のどんよりした空気は馴染み難いものでした。

『GALAC』2019年12月号の特集は「公共メディアとは何か」。本記事は同特集からの転載です(上の雑誌表紙画像をクリックするとブックウォーカーのページにジャンプします)

それでも、地の物を喰らい、多くの人と酒を酌み交わすなかで、少しずつこの地の魅力を発見できるようになりました。

秋田局で3年目の春、たまたま手にした電話で、激しい抗議の言葉を浴びせられました。「あの番組はなんだ? NHKは憲法をどう考えているんだ」。

東京制作の、憲法記念日の番組についてのクレームでした。その剣幕に驚きながら、「僕は局の意見を代表して言える立場ではない」と答えました。「じゃあ、お前の考えを聞かせろ。お前はどう思うんだ?」。それから1時間、時に意見を交わしながら、厳しい言葉を浴び続けました。

最後に彼は、「あんたも忙しいのに、長時間ありがとね」と、穏やかに電話を切りました。考えはまったく異なりましたが、この人も普段溜まっていること、言いたくても言えないことがたくさんあるんだな、と感じました。

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