「ジョーカー」アカデミー賞をはばむ2つの壁 最大のライバルはデ・ニーロ&ヒトラー映画

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ただしフェニックスは業界の大ベテランで、アカデミー賞候補入りも、これまでに3度も果たしており、それが後押し材料になる可能性も強い。もう受賞してもいい立場なのに、運悪く取れないままでいる実力派に対しては、周囲が「そろそろあげないと」という気持ちになるもの。

マーティン・スコセッシが初めて受賞を果たしたのが『ディパーテッド』、アル・パチーノの場合は『セント・オブ・ウーマン』だったのがいい例だ。

それらに比べれば、フェニックスが『ジョーカー』で受賞するのは、断然納得できる。また、現段階で予測されるライバルで、実在のキャラクターを演じたのは、『アイリッシュマン』のロバート・デ・ニーロくらいだ。フェニックスの受賞までの距離は、作品賞受賞よりも近いと見てよさそうである。

ジョーカーと肩を並べる映画たち

スコセッシ監督の『アイリッシュマン』は、作品部門でも『ジョーカー』の強力なライバルになると予想される。だが、『アイリッシュマン』には、Netflix配信作という大きなネガティブ要素がある。

一方で、もう1本の有力作『ジョジョ・ラビット』は、第2次世界大戦を舞台にしたユーモアと優しさのある作品で、アカデミー会員好み。作品賞と一致することの多いトロント映画祭観客賞を受賞していることも、一歩先へ推し進める。

しかし『ジョーカー』も、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した。ヴェネツィアの結果とアカデミーはあまり一致しないが、アカデミー自体が大きく変わってきている中、過去の統計がそれほど当てにならなくなってきているのも事実である。

高齢の白人男性が圧倒的割合を占めることを批判され、この3年、アカデミーは積極的に、マイノリティー、若い人、女性、外国人を新規会員に招待してきた。会員数自体も、過去の6000人前後から1万人前後へと膨らんでいる。それが受賞結果に違いをもたらすことはもちろんありえるし、そもそも、そうしたいがために母体を変えているのだ。アカデミーは、かけ離れすぎてしまった感覚を一般人に近づけたいのである。

そうなってこそ、人はアカデミー賞をもっと信用する。『ジョーカー』は、それを初めてやってみせるチャンスだ。全世界の観客に愛された、この異質な傑作は、どこまで健闘を許されるのか。それは作品そのものだけでなく、アカデミー側も試されているのだ。

猿渡 由紀 L.A.在住映画ジャーナリスト

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さるわたり ゆき / Yuki Saruwatari

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。

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