創業67年「岡山デニム」の生き残りをかけた決断

ジョンブルが投資ファンド傘下に入った事情

例えば、女性の社会進出に伴い、スーツを着て働く女性が少なくなり、女性ファッションのカジュアル化やユニセックス化が進んでいる。従来は「マーケットイン」戦略でそうした時流の変化に合わせてきたが、プロダクトアウトの強みをもっと打ち出していく。前出の堤は「とくにレディースは伸ばす余地があり、働き方改革に伴ってオフィスカジュアルや高齢者へのアプローチも考えうる」と期待する。

東京・原宿にあるジョンブル プライベートラボの店内には多くの商品が並ぶ(撮影:梅谷秀司)

主力ブランド「ジョンブル プライベートラボ」をはじめとした4ブランドは、利益のとれる高付加価値商品にブラッシュアップ。塚田は「中長期的には洋服とは利益率が異なるアパレル以外の分野も攻めていく」と話す。

再成長のカギの1つは、卸向け販売の再強化だ。2006年に岡山店、2008年に新潟や福岡など5店を相次ぎオープンさせるなど、小売事業に力を入れてきたが、うまくいっていたとは言いがたい。卸担当のCOO、寺木洋介(40)は「近年、卸の展示会の数も減らし、それが赤字の一因にもなっていたが、既存の取引先や新規取引先を含め、卸はまだまだ拡大する余地がある」とみる。

自社工場生かし、海外ブランドと協業

もの作りを担う社員の育成も課題だ。多くの企業と同じく、ジョンブルも30~40代の働き盛りの縫製技術職の層が薄い。学生服づくりの最盛期を担った50~60代のベテランと、地元の高校や服飾関係の専門学校を出たばかりの20代スタッフがジョンブルを支えている。

入社14年目で、寺木と並んで次世代のジョンブルを担う生産担当の専務、菅野伸哉(40)は「児島には、技術はあるのに生き残れない工場がたくさんある。今までモノを安くつくるためにアジアを使っていたのが逆転し、アジアの富裕層が増え、アジアのブランドが日本でモノを作るベクトルになっている。そうした動きに対応できる日本のリーディングカンパニーになりたい」と話す。

生産担当の専務、菅野伸哉は地元・児島の出身。「入社後の実習でジーンズを1本縫ってもらい、モノづくりの大変さを体感してもらっている」(撮影:梅谷秀司)

ジョンブルの岡山・児島に2つある工場の1つは、30人いるスタッフの全員が日本人。工場に隣接した部屋では企画からパターンナー、生産担当が3人一組で動き、裁断から縫製、検品までの作業を小ロットでも手がけられる。

この自社工場をうまく生かすことができれば、「ジョンブルよりも大きい海外ブランドと協業していき、仕事を受けていくことで、スキルを上げていくこともできる」(大類)。世界中の顧客を相手にしている中国などのブランドと付き合うことで、QC(品質管理)のレベルアップにつなげることもできる。

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