54歳男性の貧困は本当に誰のせいでもないのか 新聞配達を手伝わされ、高校も行けなかった

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さらに、不運は続く。40代後半になったころ、脊髄を支える靭帯の一部が骨のように硬くなる難病「後縦靭帯骨化症」であることが判明したのだ。手術は成功したものの、下半身に麻痺が残った。現在、タロウさんは歩行が難しく、杖が手放せない。日々の暮らしは、毎月約12万円の生活保護で賄っている。

タロウさんは自らの半生をこう振り返る。

「(メンタル不調のたびに)自分は『ぐうたら病』だと思ってきたので、うつ病とわかってよかったです。ただ、うつ病と父親の虐待は関係ないと思っています。派遣社員だったときは、人並みに稼ぎもありましたから、貧しい生い立ちや学歴のせいでちゃんとした仕事に就けなかったわけでもない。難病は不運としか言いようがないです」

だから――。タロウさんは、自らの貧困は「誰のせいでもない」という。

非正規労働は働き手のメリットがない

はたして本当にそうか。私は専門家ではないので、貧困状態に陥るきっかけとなったうつ病と生い立ちの関係については言及しない。しかし、派遣や業務委託といった非正規労働は、タロウさんの生活を大いに脅かしたのではないか。

タロウさんは、勤続3年で待遇のよかった派遣先を雇い止めにされたが、労働者派遣法が派遣期間の上限を3年までとする目的は、雇用の安定である。同じ労働者を常態的に働かせるならば、企業にも直接雇用の責任を負ってもらおうという趣旨でもあり、3年を越える前にクビにしてよいということではない。

業務委託契約にしても、労災も時間外手当も最低賃金規制もない個人事業主契約である以上、実態が労働者であれば、働き手にとってのメリットは、まずないといっていい。

もし、タロウさんが正社員だったなら、いきなりの収入半減や、うつ病になったからといって即失業といった事態に至る可能性は低い。休職制度や傷病手当金を利用すれば、自己破産や生活保護以外の選択もできたのではないか。私が知る限り、現代の貧困の背景には、必ずといっていいほど、脱法的で、不安定な働かされ方がある。

そう指摘すると、タロウさんは、給与が高く満足していたので、自分が脱法的な働かされ方をしているという自覚はなかったという。ただ、同時に「正社員であることのメリットも感じなかったんです」と話す。

たしかにそうだった……。タロウさんが派遣社員になる前に働いていた工場や出版社、警備会社はいずれも正社員だった。しかし、ここでも、過労死レベルをはるかに上回る長時間労働や、サービス残業、安易なクビ切りは横行していたのだった。

取材中、タロウさんは「私は父と似ている」と繰り返した。父親は暴力を振るう一方で、海で溺れたタロウさんを必死の形相で人工呼吸したり、子どもの1人が幼くして亡くなったときに家族の誰よりも涙を流したりするような一面もあったという。

私には、タロウさんは暴力的な人間には見えなかった。ただ、ゆがんだやり方で“家族”に執着した父と、その父の二の舞になるまいと“家族”を遠ざけた息子と。親子の呪縛は、思うほど容易には解けないのではないかと思った。

うつ病の処方薬を飲みながら、漠然と死にたいと思う「希死念慮」をやり過ごす日々。不自由な体と、生活保護に頼る暮らしは「おそらく一生このままだと思う」と話すタロウさんは今、小説と短歌を書きためているという。

誰かを責めることなく、一貫して優しい語り口で話をしてくれたタロウさんの心の内を知りたくて、タロウさんが短歌を載せているネット上のサイトを訪ねてみた。先日、東日本に大きな被害をもたらした台風の後だろうか。こんな歌が詠まれていた。

「窓を打つ 激し風雨の 音は皆 我を責めると 思い止まらず」

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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