最低賃金引き上げ「よくある誤解」をぶった斬る アトキンソン氏「徹底的にエビデンスを見よ」

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例えば、2018年の最低賃金の水準は、小規模事業者の付加価値の52.6%と推計できます。県別で見ると、60%を超えているのは8県で、70%を超えている都道府県はありません。これは倒産が相次ぐと断言できる水準ではないと分析しています。

海外では、最低賃金の水準や労働分配率が日本より高いにもかかわらず、最低賃金を引き上げて倒産、廃業、解雇が増加したというような事実は確認されていません。なぜ他の国でできていることが、日本ではできないのか、科学的な根拠をベースにして説明をしてほしいといつも思います。

「数字ではなく実態に注目するべきだ」という声をいただいたこともあります。しかし、実態を集めたものが統計なのですから、数字より実態と言われても、個人として把握できる情報量に限りがある以上、その「実態」は特殊な事例を一般化する危険性を伴います。

これからの日本では社会保障の負担が激増し、危機的な状況を迎えるのです。このような状況が目の前にある以上、「思う」「思わない」「余裕がない」などと感覚に頼った主張をするより、人口減少対策の代案を示すべきです。

「低スキル労働者が犠牲になる」の5つの問題点

質問9:低スキルの労働者が犠牲になるのでは?

生産性の低い企業で働いている人の多くは低スキルなので、最低賃金を引き上げて、その人がクビにされた場合、再就職ができないということをおっしゃる人がいるのですが、この指摘にはいくつか問題があります。ここでは、5つの視点から解説します。

視点1:そもそも最低賃金を引き上げると失業が増えるという仮説が前提とされていますが、この前提自体、多くの諸外国のエビデンスから判断すると、正しいのか大変怪しいと思います。

日本でも最低賃金をこの数年、毎年3%ずつ引き上げてきています。しかし、倒産件数は減少し、求人倍率は上がっています。このような事実が存在するにもかかわらず、なぜ「最低賃金を引き上げると、失業率が上がる」と主張されるのか、まったくもって理解不能です。

小規模事業者の付加価値に対する最低賃金の比率が危機的な水準に近づいているという分析結果も存在しないので、低スキル労働者が犠牲となるという指摘の根拠は、謎としか言いようがありません。

視点2:「最低賃金で働いている人のスキルが低い」という前提自体にも疑問が残ります。

イギリスとの比較では、日本人労働者の2018年の生産性(購買力調整済み)はイギリスの96.7%ですが、最低賃金(同)は69.3%です。日本人はイギリス人のスキルの7割しかないのでしょうか。

日本でも、最低賃金で働いている人の中で、女性が占める割合が高いです。最低賃金で働く人はスキルが低いということは、女性のスキルが低いということになります。ただの偏見ではないでしょうか。

とくに、出産のため1度仕事を辞めている人は、仕事に戻ってから、収入のレベルが大きく低下する傾向にあります。出産する前に比べて給料が減っているから、スキルが大きく低下しているというのは、とんでもない論理の飛躍です。

視点3:先進国が最低賃金を引き上げている理由の1つに、ある不公正の是正があります。それは、「企業は労働者のスキルと関係なく、女性、高齢者、若い人などの交渉力の弱さを悪用して、生産性に比べて不適切に低い給料を払っている」ということです。

各国政府は、格差社会の是正と、個人消費の活性化、そしてこの不公正を是正するために、最低賃金を引き上げています。

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