「自分は発達障害じゃない」と言い切れますか うつ病として治療されるケースが実際にある

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実家でのサポートのある生活や、ある程度枠組みがはっきりし、言われたことをこなしていればよかった高校までの生活では、不注意や衝動性が大きな生活上の支障に至らずに済みましたが、大学生になって単身生活をすると家事をこなせなくなり、部活で管理者としての活動を求められるようになり、ADHDの不注意や衝動性の症状が大きく問題になるようになったのです。

忘れっぽさや計画性のなさ、先延ばし傾向、整理整頓が苦手、などの症状もさらに状況を悪化させ、次第に思いつめるようになり、うつ病を発症したのです。抗うつ薬で一時的に抑うつ気分や意欲低下、不眠、不安感などは改善しましたが、ADHDの症状によりトラブルは持続し、うつ状態が再発し大学に行けない状態となりました。

そこで、ADHDの治療薬であるアトモキセチンの服用を開始し、漸増したところ、次第に活気が戻り、さらに先延ばしや忘れっぽさ、計画のなさなどによるトラブルも減少していきました。部は廃部になったまま再開できなかったものの、交際相手にADHDの特性を話し理解してもらったことで、比較的安定した状態で大学に通えています。

進学や就職をきっかけに顕在化しがち

この症例は、発症時よりうつ病と診断され抗うつ薬による治療を行っていましたが、ベースにみられたADHDは見逃されていました。この女性は、抗うつ薬の内服加療で、うつ病と考えられていた症状は一定の改善をみせたものの、他者との人間関係や管理を必要とされる環境や課題での問題は蓄積する一方で、うつの症状は再燃してしまいました。

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これまでの診療では、詳細な小児期の生活歴の聴取は行えていませんでした。家族を呼んで過去の生活歴を確認し、日常生活や大学生活での具体的な困難や問題を聞いたところ、うつ病の背景にADHDがあることが見いだされ、ADHDの治療薬であるアトモキセチンの投与で、ADHD症状だけでなく抑うつ症状も改善を認めました。

このように、大学に入ってからや、社会人になってから、より複雑な人間関係に直面したり、管理された会社の環境下に置かれ、ADHD症状による問題が爆発し、不適応を起こし、さらにうつ病や不安障害を発症してしまうことは珍しくありません。

また、女性は結婚などで、男性に比べてより家庭で家事などを任されることが多く、これを上手にこなせないことで問題が顕在化することもあるのです。うつ病や不安障害だけとせず、つねに裏に隠れる発達障害を見抜けるよう意識をすることがとても大切といえます。

岩波 明 精神科医
いわなみ あきら / Akira Iwanami

1959年、横浜市生まれ。東京大学医学部医学科卒。医学博士、精神保健指定医。東大病院精神科、東京都立松沢病院などで診療にあたる。東京大学医学部精神医学講座助教授、埼玉医科大学精神医学講座准教授などを経て、2012年より昭和大学医学部精神医学講座主任教授。精神疾患の認知機能、司法精神医療、発達障害の臨床研究などを主な研究テーマとしている。著書に『狂気という隣人』『うつ病』『文豪はみんな、うつ』『生の暴発、死の誘発』『精神科医が狂気をつくる』『心の病が職場を潰す』ほか多数。

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