41歳で亡くなった金子哲雄さんの「完璧な終活」 終活ジャーナリストになった妻が伝えること

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極めて近い関係者以外には病状は伏せられ、闘病生活が始まった。

「金子は仕事が大好き。というか、大好きなことを仕事にしていましたから。人から必要とされることが、生きていくモチベーションであり、心の支え。“死ぬ寸前まで仕事を続ける”と譲りませんでした

この時期、テレビ越しに哲雄さんを見て“やせたなぁ”と感じた視聴者は少なくない。

「その裏では、血管内治療という治療法を試したり、薬の副作用に悩まされていました。そして、骨に転移していたがんの疼痛に苦しんだ時期もありました」

しかし、テレビに映る哲雄さんは、あのやさしい笑顔を絶やさない。それを叶えたのは、稚子さんの死に物狂いの支えだった。

稚子さんは元・サッカー誌の編集者。2人でよくJリーグ観戦もした(写真:週刊女性PRIME)

8月22日、哲雄さんは危篤状態に陥ったが、奇跡的な回復を遂げる。

「そして“自分の葬儀は決して間違えたくない”と言いました。流通ジャーナリストとして、“賢い買い物は人生を豊かにする”と日ごろから主張していたのだから、それにふさわしい葬儀をしたいと」

死後のすべてを自分で手配した

哲雄さんは冠婚葬祭を何より大切にする人だった。友人知人の冠婚葬祭で誠心誠意尽くして手伝うことで信頼と人脈を築き、流通ジャーナリストとしての道を切り開いていった経緯がある。哲雄さんの見事な終活が動き始めた。

「翌23日には葬儀社の人を呼び、自分が入る棺から、通夜ぶるまいの料理、祭壇に飾る花まで、こと細かに決めていきました。自分の葬儀をすべてプロデュースし、遺言書に葬儀料金を書き加えました」

それを見守る稚子さんに動揺はなかったという。

2007年9月ハワイのサイクリングイベント。自転車は2人共通の趣味だった(写真:週刊女性PRIME)

「こういう言い方はよくないかもしれませんが、夫は何だか楽しそうでした。自分のやりたいことをやっていたからでしょう。よりよく生きたいからと有機野菜を選ぶ人がいるように、夫は流通ジャーナリストとしてよりよく生きたい、よりよくありたいと葬儀の計画をしていったんです」

それは死への準備ではなく、懸命に生きる姿そのものだった。

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