テリー・ゴウが台湾のトランプになり損ねた訳 「常勝将軍」を撤退に追い込んだ2つの可能性

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重要なのは「理性的な思考や政策面の討論に回帰」という言葉である。総統選への立候補表明以来、郭台銘氏は、ライバルとなる韓国瑜氏の支持者や国民党サイドから、理不尽な批判や嫌がらせを受けてきた、という意識が強かった。

この「一部の政治家」が指しているのも韓国瑜氏のことだ。ポピュリズム的な発言で人気を集めて急激に台頭し、昨年11月に高雄市長に当選。今年6月の国民党党内予備選で郭台銘氏らを破って、正式な候補者になった。

その郭台銘氏の本音は、17日に公表された出馬断念の自身の動画で「私はこれ以上政治のドタバタ劇に巻き込まれたくない」という本人のコメントからもうかがえた。このコメントは動画の公表直後になぜか削除されているが、「本音」に近いものだっただろう。

郭台銘氏はビジネスにおいては「常勝将軍」としての地位を築いていた。経済人としては、中国では習近平・国家主席、アメリカではトランプ大統領にサシで会って対等に意見交換もできる。

しかし、政治はさすがに勝手が違う。政治演説が下手だと批判もされた。経済振興のための政策も現実味がないという指摘を受けた。党内予備選で韓国瑜氏に大差で敗北を喫した。郭台銘氏にとっては屈辱だったはずだ。

政治の世界では素人だった

ワンマン経営に慣れきっていた郭台銘氏にとって、日々メディアに追跡され、政敵からの攻撃もあり、地べたを這いずり廻るような支持者回りもする台湾の苛烈な選挙にはこれ以上耐えられないと感じたのかもしれない。

郭台銘氏の経営は、しばしば思いつきで、周到な計算に基づくものではないが、強い意志と突破力で不可能を可能にしてきた部分が大きかった。しかし、魑魅魍魎がうごめく政治の世界では「素人」の壁を崩せなかった。

台湾ではなお、郭台銘氏が親民党などの少数政党の推薦で出馬する可能性を指摘する声もある。声明でも「署名による立候補を断念した」という言葉を使って、出馬の含みは残したようにも見える。ただ、選挙まで残り4カ月を切ったこのタイミングが総統選で勝つには時間的にも最後のチャンスであった。

台湾総統への郭台銘氏の挑戦は「挫折」という形でいったん幕を下ろしたと見ていいだろう。

野嶋 剛 ジャーナリスト

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のじま つよし / Tsuyoshi Nojima

1968年生まれ。上智大学新聞学科卒業後、朝日新聞社入社。シンガポール支局長、政治部、台北支局長などを経験し、2016年4月からフリーに。仕事や留学で暮らした中国、香港、台湾、東南アジアを含めた「大中華圏」(グレーターチャイナ)を自由自在に動き回り、書くことをライフワークにしている。著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮社)、『銀輪の巨人 GIANT』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『台湾とは何か』(ちくま書房)、『タイワニーズ  故郷喪失者の物語』(小学館)など。2019年4月から大東文化大学特任教授(メディア論)。

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