サントリーが「ラグランジュ」を再生できた理由 「神の雫」亜樹直×椎名敬一「極上ワイン鼎談」

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樹林伸(以下、伸) それが1972年でしたね。そこから約10年の年月を経て「シャトー ラグランジュを買わないか」という話が舞い込んできたわけですが、佐治さんとしては、もう何が何でも手掛けたかったということだったのでしょうか。

佐治が「グラン・クリュ」の価値を見抜けたワケ

樹林 伸(きばやししん)小説家、脚本家、漫画原作者
講談社で『週刊少年マガジン』の編集に携わった後、1999年に独立。主な作品は、『金田一少年の事件簿』(漫画原作)、『ドクター・ホワイト』、『ビット・トレーダー』(小説)など多数。姉と弟の共通ペンネームである亜樹 直名義での作品『神の雫』(講談社モーニングKC刊)は世界のワイン通の愛読書(撮影:梅谷秀司)

椎名 そうですね。「たとえ黒字化しなくてもやれ!」と厳命した、と聞いています。でも、佐治はいずれ黒字化するという確信は持っていたと思います。

シャトー ラグランジュはグラン・クリュ第3級の格付けを取得しています(グラン・クリュは最高峰群のワインに使われる総称。地方によって微妙に意味づけが異なるが、ボルドーでは61のシャトーのみが名乗ることを許されている)。

このグラン・クリュの経営はブランドビジネスであることを、佐治は気付いていたのでしょう。

つまりブランドさえしっかり確立されれば、価値は今の10倍にもなりうると直感的に感じていたと思います。

 実際、買収後はどうなったのですか?

椎名 経営は1996年に黒字化しました。結果、買った時の額に比べて現地通貨建てで6倍にまで価値が膨らみました。

当時、シャトー ラグランジュの買収話を進めたのは「国際金融課」という部署でしたが、そこまで価値が上がるとは計算出来ていなかったようです。佐治はすでに自ら「洋酒天国」というサントリーの広報誌の制作にもかかわっていて、世界中を取材で回っていました。

椎名 敬一 (しいなけいいち)シャトー・ラグランジュ 副会長 

1985年サントリー入社。ドイツのガイゼンハイム大学留学。ロバート・ヴァイル醸造所勤務を経て2004年からシャトー・ラグランジュ副社長。2005年より現職(撮影:梅谷秀司)

ですから、グラン・クリュのシャトーを持つことの意味が分かっていたのだと思います。

 当時は「ボルドーの5大シャトー」のワインも、今に比べればかなり安く買えましたよね。

椎名 そうですね。(ラグランジュより少し格が上の)グラン・クリュ2級のワインで、今の値段で言ったら20ユーロ(2300円くらい)くらいでしょうか。

ゆう子 安すぎますよね。あ~、もうタイムマシンがあったら。残念。でも、シャトー ラグランジュを買収するには絶好のタイミングだったのでしょうね。

椎名 確かに、提示された価格はお手頃だったのですが、それでもシャトー ラグランジュには買い手がいませんでした。

 今でこそ、ブドウ畑の面積が118ヘクタールになりましたが、当時は56ヘクタールしか使えませんでした。残りの畑は荒地と化していて、実がなっているブドウも放置されたまま。実際、サントリーが取得する30年も前から、畑の面積が50ヘクタール前後だったので、そのくらいの期間、手付かずのまま放置されていたことになります。

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