映画「ひとよ」は家族の再生を描く人間ドラマだ 俳優たちが出演熱望する白石和彌監督の新作
それだけにクランクアップ時には「白石監督とはぜひ、いつかご一緒できたらと思っていました。こんなにもすてきな話で、こんなにもすてきな役者・スタッフの皆さまとぜいたくな時間を過ごさせていただき、振り返るとあっという間でした」とコメントを残し、充実した撮影だったと振り返る。
そして本作で圧倒的な母性を体現し、鮮烈な印象を残すのが、母・こはるを演じた田中裕子だ。長谷川プロデューサーは、田中裕子主演の2005年の映画『いつか読書をする日』の制作進行として現場についていたが、その撮影中に、崖から落ちそうになり、そこに田中が手を差しのべて助けてくれた、というエピソードを思い出すという。
「いつかプロデューサーになることがあったら、田中裕子さんに出てもらえる作品を作りたい」。あれから10数年。ある意味、本作は、長谷川プロデューサーにとって「女優・田中裕子へのラブレター」とも言うべき作品だった。
その思いは白石監督とも共有していたそうで、「田中裕子さんが決まらなかったらこの企画は流そう」と考えていたほど。実際に彼女のスケジュールが空くまで2年待ったという。白石監督も「裕子さんが物語の背骨となってくれているので、この話を導いてくれる感じがある。それがこの映画の強さだろうなという気がします。裕子さんが今までやってきたお仕事も含めて、女優としての存在感、大きさといったものが直接この作品に輝いてくれています」と語る。
原作者の思いを、役者たちが受け継ぐ
劇作家・桑原裕子が率いる、劇団KAKUTAの公演のために「ひとよ」を執筆したのは2011年の夏のこと。一見、日常を取り戻したかのように見えながらも、東日本大震災の影響がまだ各地で色濃く残る頃だった。
桑原が子ども時代に過ごした福島は、「あの一日の出来事」を境に、まるで形を変えたかのように違う目で見られるようになった。
「そのことに、たとえようのないやるせなさを感じていました。これは震災の話ではありませんし、社会を背負うような物語でもありません。が、復興、再生、絆――そんな言葉が日本中にあふれかえるなか、本当の再生とはなにか、私たちはどう歩み出せばいいのかを、1つの家族を通じて、私もまだ見つけられぬまま模索しながら描いた作品でした」と彼女は語る。
さらに彼女は撮影現場に行ったときのことをこう回想する。「撮影現場にお邪魔して、映画版『ひとよ』の新たな3兄妹を見ました。それぞれの目の奥に、あのとき私が抱いた想い、その答えと同じものが光っているように感じました。それは“それでも生きていく”という静かで猛々しい光です」。
そうした原作者の思いを受け継いだ役者陣が織りなすドラマは、魂を震わせる結末に観客を誘ってくれる。
(文中一部敬称略)
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