「何もしない」を職業にした35歳男の豊かな人生 「レンタルなんもしない人」が親しまれる理由
レンタルさんは、さまざまな依頼人の心のスキマに寄り添うが、なにか特別なスキルで依頼者を癒やすわけでも、的確なアドバイスを繰りだすわけでもない。本当にただそこにいるだけ。極端な話、空気のような存在なのだ。
もちろん、「いる」だけではなく依頼者の身の上話や知人には話せないような秘密、趣味についての熱いトークに、耳を傾けることもある。
「自分の好きな作品について語りたいが、友人では迷惑かもしれないから……という人は多いです。また、初見の人の純粋な反応を知りたいという場合もありますね」
SNS上で盛んに行われるような感情の共有と拡散を、依頼者たちはレンタルさんにリアルの場で求めている。
依頼の多くはツイッターのDM経由で、依頼者は若い女性が多いという。女性ゆえの不安を解消する「なんもしない」リクエストも少なくない。
「例えば夜にポケモンGOをやりたいが夜道に女子一人は怖いから一緒にいてほしい……とか、夜の新宿を撮影して回りたいが不安なので見守ってほしい、とか。逆に男性ひとりではためらうようなかわいいお店に入ったり、クレープを食べるのを付き合ったり、男性ならではの依頼もありますね」
「なんもしない人」までの道のり
どこまでを「なんもしない」の範疇に収めるか、という判断はあくまでレンタルさんの主観だ。
やりたくなければ断るし、依頼者の相談内容やそのときの気分でも変わってくるという。なんもしない、を始める前はどんな生活を送っていたのだろうか?
「大学院を卒業して、周囲が研究者の道を進むなか、学習参考書の出版社へ入りました。でも、いろいろ悩んで3年で辞めたんです。その後もライター業をやっていたのですがしっくりこなかった。自分にはなにも向いてない、と思っていました」
会社員勤め時代、上司に「生きているのか死んでいるのかわからない」「なんでいるのかわからない」と言われたという、レンタルさん。
なんもしない、を選択するまでには、ある哲学者との出会いがあったという。
「ひとつは33歳のときに読んだ『ツァラトゥストラかく語りき』でニーチェと出会ったこと。これまで自分のなかで◯◯しなければならない、と縛られていた常識や価値観が覆されて、だいぶ生きやすくなりました。自分で面白い、と思えばそれでいいんだという根拠のない自信が持てるようになったんです」