アリという昆虫の「最期」はあまりに突然訪れる 彼らの生活はつねに危険にあふれている

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必死にもがいて、足を動かし、もう少しで登り切れるというときである。突然、下から砂つぶてが飛んできた。アリジゴクが獲物を目がけて、頭を上下させながら牙を使って砂粒を投げているのである。

やっとつかんだ地面が、アリジゴクが投げた砂粒とともに、崩れ落ちていく。砂が崩れてははい上がり、はい上がっては砂が崩れていく。

不幸というものは、ある日突然訪れる。

「奈落(ならく)」とは、仏教語で地獄を意味している。

まさに、奈落の底なのだろうか。必死にはい上がろうとしていた彼女もついには、アリジゴクの爪牙(そうが)にかかり、餌食となってしまった。

表裏一体のアリの死とアリジゴクの生

哺乳(ほにゅう)類の場合、時間の感覚は体の大きさによって異なり、大きな動物は時間がゆっくり流れるように感じられ、小さな動物は時間が早く経過するように感じられるといわれている。

アリの時間感覚は想像することもできないが、アリは体が小さく、せわしなく足を動かしながら早足で移動する。アリにとっては、最後の最後まであがき、もがいた末の死だったのだろう。しかし、アリに比べてずっと体の大きな人間にとっては、すべては一瞬の出来事である。

働きアリの寿命はおよそ1~2年といわれる。しかし、危険の多い働きアリは寿命を迎えるまでに死んでしまうものも多い。

アリジゴクは、アリの体に牙を刺し込んで体液を吸い取る。そして、干からびた亡骸(なきがら)は巣の外に捨てるのである。

恐ろしいアリジゴクの巣ではあるが、単純な落とし穴にたまたま落ちるアリは決して多くない。首尾よく逃げ出してしまうアリもいる。

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アリジゴクの生活はつねに飢えとの闘いである。絶食に耐えられるような体の仕組みにはなっているが、それでも獲物がなければ餓死してしまう。アリジゴクにとっても、生き抜くことは簡単なことではないのだ。今日は、アリジゴクにとっては、数カ月ぶりのご馳走だった。

アリジゴクがウスバカゲロウになってからは、数週間~1カ月程度しか生きることができない。しかし、幼虫のアリジゴクとして過ごす期間は栄養条件によって異なるが1~3年ほど続く。昆虫にとってはおそろしく長いこの期間は、ずっと飢えとの闘いだ。

日差しが強くなってきた。今日も暑くなりそうである。

そしてアリジゴクにとっては、また、アリが落ちてくるのを待ち続けるだけの日が続くのだ。

稲垣 栄洋 静岡大学農学部教授

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いながき ひでひろ / Hidehiro Inagaki

1968年静岡市生まれ。岡山大学大学院修了。専門は雑草生態学。農学博士。自称、みちくさ研究家。農林水産省、静岡県農林技術研究所などを経て、現在、静岡大学大学院教授。『身近な雑草の愉快な生きかた』(ちくま文庫)、『都会の雑草、発見と楽しみ方』 (朝日新書)、『雑草に学ぶ「ルデラル」な生き方』(亜紀書房)など著書50冊以上。

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