子どもの時に覚えた外国語はどの程度残るのか バイリンガルになるかは"子ども自身"が選ぶ

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その一方で、子ども時代に経験した言語の痕跡が残っていることを見いだした研究*4 もあります。この研究が調べたのは、6歳頃まではその言語を話したり聞いたりする機会があったけれど、学校にあがってからはあまり使わなくなり、高校や大学に入ってから授業でまたその言語について学ぶようになった、という人たちです。

例えば、アメリカに住んでいて、学校はずっと英語だったけれども、子どもの頃は親戚との交流の中で、週に何時間かはスペイン語を話していたとか、聞いていたといった人たちです。

そういった人たちを対象に、子どもの頃に経験し、現在また学び始めたその言語についてテストすると、文法的な文を話せるかといったところでは、大学に入ってからその言語を学び始めた人と変わりありませんでした。

しかし、文や音を聴き取ったり、発音したりというところでは、ネイティブ並みとまではいかないにせよ、大学に入って初めてその言語を学び始めた人よりはよくできるようなのでした。また、細かいことを言うなら、聴き取りや発音の成績は、やはり子ども時代に話していた人のほうが、話さずに聞いていただけの人よりも、よかったのです。

その痕跡は「再学習を少し助ける程度」にとどまる

このように「子ども時代に経験し、そのあとほとんど使わなくなった言語の痕跡は残っているのか」をめぐる知見は割れています。

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ただ、痕跡は残っていないという結果を得た研究が調べていたのは、育ってくる過程で、その言語に触れる機会はまったくなく、現在もその言語に触れることはまったくないという人たちです。

それに対して、痕跡を捉えた研究で調べていたのは、育ってくる途中、自分では使わなくなったけれども、親戚との交流などでその言語に触れる機会は時々あったという人たち。そして何よりも、そういったブランクを経て、いま再びその言語の学習に取り組み始めた人たちなのです。

このようにして見ると、一定レベル以上の経験があれば、使わなくなったら何も残らないわけではなく、その課題に再び取り組もうとしたときに、その再学習を少しだけ助けてくれるような形は残っている*5 ということ――大抵は、発音が少しいいということぐらいなのですが――がわかります。

*1 『国際結婚とこどもたち―異文化と共存する家族』(新田文輝著、藤本直訳、明石書店、1992)70ページより
*2 Ventureyra, V. A. G., Pallier, C., & Yoo, H.-Y. 2004 The loss of first language phonetic perception in adopted Koreans. Journal of Neurolinguistics, 17(1), 79–91.
*3 Pallier, C., Dehaene, S., Poline, J.-B., LeBihan, D., Argenti, A.-M., Dupoux, E., & Mehler, J.2003 Brain imaging of language plasticity in adopted adults: Can a second language replace the first? Cerebral Cortex, 13(2), 155-161.
*4 Au, T. K.-F., Oh, J. S., Knightly, L. M., Jun, S.-A., & Romo, L. F. 2008 Salvaging a childhood language. Journal of Memory and Language, 58(4), 998-1011.
Oh, J. S., Jun, S.-A., Knightly, L. M., & Au, T. K.-F. 2003 Holding on to childhood language memory. Cognition, 86,(3) B53-B64.
*5 Bowers, J. S., Mattys, S. L., & Gage, S. H. 2009 Preserved implicit knowledge of a forgotten childhood language. Psychological Science, 20(9), 1064-1069.
針生 悦子 東京大学大学院教育学研究科教授

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はりゅう えつこ / Etsuko Haryu

宮城県生まれ。専門は発達心理学、認知科学。1988年お茶の水女子大学文教育学部卒業、1990年東京大学大学院教育学研究科修士課程修了、1995年同博士課程修了。博士(教育学)。1995年青山学院大学文学部専任講師、助教授を経て、2003年東京大学大学院教育学研究科助教授、2015年より現職。著書に『幼児期における事物名解釈方略の変化――相互排他性制約をめぐって』(風間書房)、『言語心理学』(編著、朝倉書店)、共著に『レキシコンの構築』(岩波書店)、『言葉をおぼえるしくみ』(ちくま学芸文庫)など。

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