最低賃金アップで「生産性が向上する」仕組み 「正しい因果関係」をもとに建設的な議論を

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しかし、海外の実証実験によって明らかになった事実は、最低賃金を引き上げても、新古典派が言っていたようには失業率は上がらない、それどころかむしろ下がるということです。

なぜかというと、新古典派のエコノミストの説は、労働市場が完全に効率的であることを前提としているのですが、現実の労働市場は完全に効率的ではないからです。このこともすでに証明されています。交渉力の弱い人がいたり、転職のための情報が不完全だったり、転職する障害があったりすることなどが、労働市場が完全効率でない理由として挙げられています。

そもそも、今まで日本でも最低賃金を引き上げてきましたが、だからと言って失業率が上がったという事実もデータも存在しません。最低賃金の引き上げに関して、あたかも初めての試みのように論じられるのもおかしな話です。

最低賃金引き上げの話をすると、必ず韓国の失敗例が持ち出されますが、繰り返し繰り返し書いているように、韓国はこの2年間に約30%も最低賃金を引き上げています。海外の学者は、単年で12%以上引き上げることは危険であると結論付けていますし、そもそも私は日本では毎年5%ずつ引き上げることを提言しているので、韓国の例は関係ありません。

急増する社会保障負担を支えられる政策を

人口減少・高齢化の進展という危機を迎えている日本は、それに対応するために、国による大胆な対策が求められています。このことは疑う余地のない事実です。

どんな対策が必要なのかという、この国にとって極めて重要な議論をしようとしているのですから、しっかりした分析が不可欠です。建設的ではない議論をしている場合ではないのです。

繰り返しますが、日本は今、人口減少という未曾有の国難に直面しているのです。今までどおりの経済政策で済むはずがなく、国による抜本的な対策が必要不可欠なのです。

私の提言も、すべてが正しいとは思えません。しかし、いたずらに根拠のない反論を繰り広げるのではなく、私の提言をたたき台に議論を深め、磨きをかけて、対応策を練り上げるほうが何十倍も建設的です。

国がタイタニック号のように沈みかかっているというのに、「沈むと思う・思わない」「氷山にぶつかったから沈む」「氷山にぶつかったことと、船が沈むことの因果関係はどうだ」なんて、のんきな議論をしている場合ではないのです。

最低賃金を引き上げれば、労働生産性は確実に上がります。さらに私は、人手不足に陥る日本では失業率は上がらずに、国全体の生産性も上がると考えています。この点では、私は日本の経営者と労働者の対応力を信じています。

この挑戦を否定するのなら、激増する社会保障を負担できるようにするための、具体的な代案を示していただきたいです。その場合、どうすれば日本の経営者全員が真剣かつ継続的に生産性向上に努めるか、その方法が問われています。

その際は、「国は生産性向上のための整備だけをして、やるかどうかは経営者に任せる」という性善説だけはやめていただきたいです。今まで30年間、このやり方には実績が伴っていないのですから。

最低賃金の引き上げは、日本経済に対する刺激策です。刺激がないと経営者は対応しないということは、今までの30年の歴史からわかったことです。それを理解していただければと思います。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長

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David Atkinson

元ゴールドマン・サックスアナリスト。裏千家茶名「宗真」拝受。1965年イギリス生まれ。オックスフォード大学「日本学」専攻。1992年にゴールドマン・サックス入社。日本の不良債権の実態を暴くリポートを発表し注目を浴びる。1998年に同社managing director(取締役)、2006年にpartner(共同出資者)となるが、マネーゲームを達観するに至り、2007年に退社。1999年に裏千家入門、2006年茶名「宗真」を拝受。2009年、創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手がける小西美術工藝社入社、取締役就任。2010年代表取締役会長、2011年同会長兼社長に就任し、日本の伝統文化を守りつつ伝統文化財をめぐる行政や業界の改革への提言を続けている。

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