「老後2000万円」に怯える若い人に伝えたいこと 「ワークライフバランス最優先」への違和感

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一方、「自分に向いている、やりがいがあるから続けたい」と思える仕事に就けば、どうなるか。どうしたら両立できるか工夫し、知恵を巡らせ、周囲に助けを求め、続けようともがく。そうしていると「地獄で仏」に巡り合い、何とか道が開ける、というのが私の経験から言えることである。

子どもが熱を出したときに大学の友人が預かってくれたり、二重保育をお願いしていた方から断られて途方に暮れていたときに預かると申し出てくださる近所の方などが現れたりするのだ。

こういうと、それは一昔前の「古い」考え方だと、反論されてしまうかもしれない。今どき、仕事に全力投球する女性なんて、余裕がなくてかっこ悪いというのがトレンドだ。それは、私たち上の世代の女性の働き方が、本当は充実していて楽しくても、外から見てそうは見えなかったせいかもしれない。

それでも、私の周囲で「プライベート優先で、仕事は適当にこなしていけばよい」と考える女性の声を聞いたり、「向いていなくても将来展望がなくても、生活のために働かざるをえない」と悲壮感ばかり漂わせる女性を見かけると、「そうじゃない」と伝えたくなる。

人生を振り返って感じるのは、仕事を通じて成長し仕事に生きがいを求めたり、社会に貢献したり、その時々で精いっぱい生きていくことが、生きる喜びに通じるということだ。それなしに生きていくには、人生はあまりにも長すぎる。

年を取っても働ける体力・意欲、そして技術や能力を

老後資金2000万円説の話に戻ると、そもそも人生の後半の30年を公的年金だけで暮らそうというのが無理なのではないか。

福祉国家として知られる北欧でも、年金受給年齢は弾力化されつつある。日本でもかつて2世代前は多くの高齢者は、家族の食事の用意をしたり、掃除をしたり、孫の世話をしたり、地域の世話役をしたり、畑の草取りをしたり、野良仕事をしたり、自分の体力に応じて何らかの仕事をしていた。

当時の日本は社会全体が貧しかったからだ、公的年金がなかったからだ、家族が親を養ってくれたからだ、といろいろな時代背景はあるにせよ、私の祖母も「働かないと罰が当たる」といって何やら忙しくしていた。大変そうに見えて、それはそれで楽しそうでもあった。

昔は自営業の世帯が多かったから、高齢者にも仕事があったが、今は働きたくても仕事がないという社会の現実もある。それだからこそ私たちは「元気で意欲のある高齢者に働く機会を作ろう」と要求すべきなのではないだろうか。働けない、働かない将来でそれでいいのか、ちょっと考えてみてほしい。

フルタイムで働かなくても、年金の足しになるくらいであっても、何らか仕事をしたほうが健康にもいい。中には「70過ぎてまで働かせるのか」「私は健康を損なっているから働けない」と反対する人がいるかもしれない。もちろん「働く機会は、意欲と能力のある人に」である。

若い女性たちに伝えたいのは、若いときからせっせと貯畜に励んで老後の生活に備えるより、年を取っても働ける体力・意欲と社会から必要とされる技術や能力を維持増進するのが、一番重要な「老後対策」なのではないだろうか、ということだ。貯金より貯筋である。もちろん子育て・介護などの人の世話をする能力、掃除・調理などの家事能力も社会から必要とされる立派な「能力」である。

いくら貯蓄していても半世紀後の経済情勢がどうなるか誰も正確には予測はできない。2000万円貯めれば安心というのも、現在の物価や消費水準などいろんな条件が変わらないという前提のうえで計算されている。日本がこれからも国が借金し続けることができ、円が安定的に価値を維持し続け、物価は安定し続けるとは専門家も断言できない。若いときの貯蓄は老後のためでなく、家を買うとか、起業する資金とか中期的目標に絞ったほうがいい。

明日、何が起こるかわからない。だからこそ聖書のマタイ伝の言葉「明日のことを思い煩うな、明日のことは明日自身が思い煩うであろう」を思い出そう。私たち女性も現在の日々を精一杯生きる、今の時間を充実させる、自分をパワーアップする。それが老後に備えた貯蓄よりよほど大事だと私は思う。

坂東 眞理子 昭和女子大学総長

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ばんどう まりこ / Mariko Bando

1946年、富山県生まれ。東京大学卒業後、1969年に総理府(現内閣府)に入省。内閣広報室参事官、男女共同参画室長、埼玉県副知事、在オーストラリア連邦ブリスベン日本国総領事などを歴任。2001年、内閣府初代男女共同参画局長を務め、2003年に退官。2004年から昭和女子大学教授、2007年から同大学学長、2014年から理事長、2016年から総長を務める。著書に330万を超える大ベストセラーになった『女性の品格』ほか多数。

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