「香港のデモ」に中国人が送る超冷ややかな視線 かつて憧れた香港はたいしたことなかった

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中国共産党は、経済的利益というレンズを通して世界を見ることを、国民に長いこと奨励してきたが、香港の抗議活動に懐疑的な国民の姿勢を見ると、それがしっかりと定着していることがわかる。自由で空腹を満たすことはできない、というのがその考え方だ。

そして香港の人々が持つような個人の権利、つまりメディア、法廷、抗議デモを介して政府に挑むことは、中国に大混乱を引き起こし国は再び貧困や飢饉に陥ることを意味する。

このような考え方がエリート層にまで及んでいることは、香港と中国本土のさらなる対立を暗示している。中国で中流階級が広がれば国民は必ず個人の権利をより強く主張するようになり、中国共産党は社会統制を緩和、あるいはともすれば民主化せざるをえなくなるという可能性を、一層疑問視させるものだ。

中国本土人で活動に参加した人たちも

北京でハイテク企業の幹部を務めるジャオ・ジャンフェイは、「過去40年以上、中国本土ではビジネスについてしか語られてこなかった」と自身の微信のタイムラインに先週末書いた「私たちの考えはすべて、人々がエコノミックアニマルだという前提に基づいている」。

「将来的には、この前提は役に立たなくなる」とジャオは述べている。「目を覚まさないといけない」。

このように、経済に強力な焦点を当てるというのは、決してすべてのビジネスやアカデミックな分野において共通するものではない。筆者の同僚が書いた記事によると、香港に住む中国本土の人の中にも、抗議活動に参加した人がいるという。

最近参加した会食で、そのほとんどが本土出身の8人の実業家の一団が、「海闊天空(Boundless Oceans, Vast Skies)」を広東語で熱唱し始めた。香港で非公式に自由の歌とされている、ロックバンドBeyondによる曲だ。

彼らは「Forgive me for embracing freedom with abandonment in my life(一生誰にも従わず自由を愛し続ける僕を許してくれ)」と歌い、香港に祝杯をあげた。

だが、西欧の教育を受けた中国人の中には、香港の抗議活動を批判する人も少なくない。一部の人たちは、1989年に中国政府が天安門広場で行ったように、結局デモは暴力によって鎮圧されるのではないか、と懸念する。また単に、抗議者は抗議の対象を間違っていると考える者もいる。

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