「香港のデモ」に中国人が送る超冷ややかな視線

かつて憧れた香港はたいしたことなかった

北京で法律学の准教授を務め、これまでに憲法と連邦主義に関する本を何冊か英語から中国語へと翻訳したティェン・フェイロンは、最近の記事の中で抗議活動は国外勢力の支援を受けており、香港に混乱をもたらし最終的には中国に損害を与えるだろうと強く主張している。

これはネット上で支持を受け、ある読者は「香港が漁村になり下がる日はそう遠くないだろう」とコメントしている。ティェンにコメントを求めたが、返事はなかった。

もう1つ「Can Hong Kong be Saved?(香港を救うことはできるか)」という人気の記事がある。数年前に香港で修士課程を修了した執筆者のジャオ・ハオヤンは、香港の若者は悪い人たちではなく、ただ頭が悪いだけだと断言している。香港の人々はある種の繁栄後の傲慢さを抱えていると彼は書いている。香港は西欧の価値にさらされており、市民はそれに惑わされているのだという。

微信上でこの記事の閲覧数は10万件を超え、約7000人が執筆者に現金による寄付を行っている。記事は、詳細不明の微信のコンテンツルールに違反したという理由でのちに削除されている。ハオヤンにもコメントを求めたが応答はなかった。

かつて香港は中国が目指す姿の象徴だった

こういった姿勢は、多くの中国人によるこの旧英国領に対するかつての見方とはまったく逆である。1980年代や1990年代には、大半の中国人にとって香港は中国が目指す姿の象徴であった。私たちは香港のメロドラマのファッションをまね、基礎的な広東語を習って香港ポップスを歌い、テレビ番組に登場する警察が誰かが有罪であることを、たとえそれがギャングだったとしても、証明するのに苦労する様子を見て驚いたものだ。

「Hong Kong, Hong Kong, why is it so fragrant?(香港、香港、どうしてそんなに香り豊かなの)」。1990年代初めに人気のあった中国の歌の歌詞だ。香港の中国語名について歌ったもので、これを英訳すると「Fragrant Harbor(香り豊かな港)」となる。

歌詞の「1997, please come soonest. I can go to Hong Kong(1997年、早く来て。香港に行けるから)」という部分は、迫りくる1997年のイギリスから中国への香港の主権返還を歌っている。

筆者も含め多くの中国人が、中国への返還式典を見るため、1997年7月1日の早朝まで起きていたものだ。私たちは、有名な愛国唱歌の名前でもある「Shining pearl in the Orient(東洋の輝く真珠)」が、本国に返還されたことに大きな誇りを感じた。中国のほかの地域も、香港と同じように繁栄するという期待が浸透していたのだ。

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