SNSで知り合った人たちが集まるオフ会にも参加しているが、どうにも会話の輪に入っていくことができない。「(オフ会に)遅刻してきた人が、その理由を面白おかしく話しながら、場を和ませているのを見ると、うらやましい。それに比べて僕は冗談のひとつも言えないんです」。落ち込むたび、のめりこむのは、オンラインゲーム――。
周囲から「感情がない」と言われたというとおり、ケンゴさんの表情は一見乏しい。そして、至極まじめな口ぶりで、私に対し「記事を書くとき、話は誇張するんですか? 貧困の記事だから、給料とか、実際より低く書いたりされるんですか?」などと聞いてくる。
話を捏造するのかと言っているのも同然で、普通に考えれば失礼な話ではある。私は発達障害にみられがちなコミュニケーション上の問題だと受け止めているが、ケンゴさんの対人関係がうまくいかないのは、こうした直接的な物言いも一因なのかもしれない。
一方で、物静かなケンゴさんが、小学校で暴れたことや、ユーチューバーを脅迫したという話は意外だった。殺害予告はもちろん許されることではないのだが、視点を変えてみると、ケンゴさんが“キレた”背景にもまた理不尽ないじめや暴力があった。それは、ストレスに対する正常な反応であり、ケンゴさんにも柔らかな感情があることの証だろう。
「人の感情の深い部分が理解できない。でも、怒りの感情は人並みにあるみたいです」。ケンゴさんはそう言って冷静に自分を分析する。しかし、スパム扱いされるまで、ひたすらメッセージを送り続けたというケンゴさんの姿を想像するにつけ、私は、彼の“孤独”への恐怖を思わずにはいられない。
介護職の待遇の悪さ
ケンゴさんの経験から、伝えなくてはならないことが、もうひとつある。それは、介護労働の劣悪さだろう。本連載では、発達障害を抱えた人と出会うことも多いが、同じくらい介護職場で働いている人に出会うことも多い。介護の仕事をしているから貧困なのか、貧困に陥る人は介護の仕事に就くしかなくなるのか――。いずれにしてもゆがみきった構図である。
ケンゴさんは、これまでグループホームやデイサービス、有料老人ホームなどさまざまな介護職場を渡り歩いた。最初に働いたグループホームは全国に100カ所以上の施設を展開する大手事業所だったが、正社員なのに社会保険はなし。夜勤は1人体制の24時間勤務。月収は約16万円で、時給換算すると、最低賃金をはるかに下回る水準だったという。
ほかの施設も、夜勤は1人体制のことが多く、その間、ナースコール対応やおむつ交換に追われ、一睡もできないことはざら。正社員として採用されたのに、一方的に「非正規雇用に切り替えたい」と言われたこともある。
現在の勤務先は、毎月の手取りこそ20万円を超えているが、月8回もの夜勤をこなさなくてはならない。採用時、3カ月後に月給制にすると言われたのに、勤続3年の今も日給制のまま。おかげで今夏のボーナスは、ほかの職員の半分の5万円ほどだという。
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