テレビ番組の「個人視聴率」が語られない不毛 世帯視聴率は消滅、計測は「個人」にシフト

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ところが、相変わらず世帯視聴率を基準とし、個人視聴率に切り替える議論をしていない様子の局もある。そのことに筆者は驚愕してしまう。視聴率が世帯から個人になることは、ドル建てだった海外取引をユーロ建てにするくらいは違うことだ。取引がユーロに変わったのにドルで計算する会社は経営として間違っているのではないか。

また個人視聴率を基準に据えても、制作者個人が頭を切り替えられないこともあるようだ。何しろ数字のベースがずいぶん下がる。13%で褒められていたのが、7%でよかったね!と言われてもモチベーションが湧かないのもわからないでもない。数字が小さいと張り合いが出ないのは仕方ない。

しかしここは、脳みそをぐいっと新しくする必要がある。世帯視聴率に引っ張られる人は、明治の時代になってもチョンマゲを切り落とせない侍と同じだ。バッサリやってザンギリ頭に変えるべきなのだ。自分が明治時代の町をチョンマゲ姿で歩いている姿を思い浮かべれば、世帯視聴率を引きずる恥ずかしさがわかるだろう。

お仕着せの指標から脱却せよ

そして重要なのは、個人視聴率のみを自分の指標にしないことだ。今、さまざまなデータが出ているのだから、そのなかで自分の番組に適切な指標はこれだ!というものを見出すといい。

つまりは、これからの番組はお仕着せの指標から脱却すべきなのだ。もちろん会社からは個人全体を上げろと言われるだろう。それは横目で気にしながらも、自分が信じる指標を自分で決めるのだ。もちろん、なぜその指標を重視するかは社内的に説明できたほうがいい。スポンサーのニーズを満たすと言えることがいちばん説得力を持つだろう。

ただそれも方便にすぎない。自分がこうだと思える指標が大事だ。自分が信じられる番組づくり。それが令和の時代に最も大切な方法論だと思う。令和のテレビを変えるのは、一人ひとりの制作者だ。

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