全米で1日130人の命奪う医薬品の大いなる恐怖 鎮痛剤の過剰摂取問題を引き起こしたのは誰だ

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翌2016年は大統領選の年。大方の予想に反してトランプ大統領が誕生した後、ベストセラーになった本がある。『タイム』誌が「トランプの勝利を理解するための6冊の1冊」に選び、日本語訳も2017年3月に出版された(邦題は『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』)。著者は、オハイオ州の鉄鋼業の町で子ども時代を送り、後に名門大学院を修了した事業家。家族や地域の生活を通して薬物依存の現実も描かれている。

著者の母親はドラッグを乱用したが、痛みどめ薬はこの本には登場しない。アパラチア地方に痛み止め薬が蔓延したのは、この著者が育った時代より後だったのだろう。アメリカの繁栄から取り残されたこの地域ではすでにドラッグの乱用が見られたが、麻薬成分を含む痛みどめ薬を入り口にしてヘロインなどのドラッグ常習者が増えたとみられる。

日本では、がん以外の治療には、承認されていない

アメリカで民事訴訟のターゲットになっているオキシコンチンは、ケシの実に含まれるアヘンの成分をもとに一部化学合成をして作る「オキシコドン」を有効成分とする薬。日本では、がんの強い痛みがあるときにのみ使用が認められ、スポーツによるケガや炭鉱・工場での労働災害などには使えない。医師がこうした麻薬成分を含む薬を使う際には、麻薬施用者免許も必要だ。

厚生労働省医薬・生活衛生局の監視指導・麻薬対策課は「アメリカと日本は状況がかなり違うのは事実。必要な患者に限って必要な量を使えるように、そして横流しなどが起きないよう、今後もしっかり監視していきたい」と話している。

薬の値段(薬価)は、国民皆保険制度がある日本では国が定めるが、アメリカではマーケットで決まる。このため、製薬会社はしばしば過剰な利益追求に走り、社会問題を引き起こしてきた。

オキシコンチンの製造元パーデュー・ファーマ社のオーナー一族サックラー家は、世界各地の美術館や大学などに巨額の寄付を行ってきたことで知られる。英国のオックスフォード大学には「サックラー図書館」、アメリカのタフツ大学には「サックラー生物医学大学院」、ニューヨークのメトロポリタン美術館には、「サックラー棟(ウィング)」がある。裁判などにより製薬会社・オーナー企業の責任が問われ始め、寄付を受けた側でも情報収集や検討を始めたとされる。

アメリカのアパラチア地方に始まったオピオイド禍は、今後の展開いかんでは、世界の美術学術界にも影響を及ぼしそうだ。

河野 博子 ジャーナリスト

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こうの ひろこ / Hiroko Kono

早稲田大学政治経済学部卒、アメリカ・コーネル大学で修士号(国際開発論)取得。1979年に読売新聞社に入り、社会部次長、ニューヨーク支局長を経て2005年から編集委員。2018年2月退社。地球環境戦略研究機関シニアフェロー。著書に『アメリカの原理主義』(集英社新書)、『里地里山エネルギー』(中公新書ラクレ)など。2021年4月から大正大学客員教授。

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