中央銀行の関係者はしばしば自分たちは政府の一部ではないと主張するが、標準的な経済学の教科書は中央銀行を政府の一部として扱っている。一方、主要国は中央銀行による国債の直接引き受けを禁止しており、教科書もそれが望ましいとしている。その結果、政府が国債を市中で売却して、中央銀行は市中の国債を買い入れるという操作を行っている。これはMMTが指摘するようにムダな操作だ。しかし、なぜこのような非効率な制度を採用しているのかと言えば、安全装置の役割が期待されているからだ。
政府が常に最善な政策を行うのであれば何も問題は起こらないが、政府に自由に通貨を発行できる権限を与えると、必ずと言ってよいほど乱用して経済的な大惨事を引き起こすことを、歴史は教えている。だから、わざわざこのような非効率なことをする制度を多くの国が採用しているのだ。
MMTでも、目標以上の物価上昇が起こった場合には政府支出を抑制することには賛同している。例えば、インフレが昂進するのを抑制するために物価上昇に応じ政府支出が増えるという仕組みを止めるべきだと述べているが、これは、具体的には物価が上がっても生活保護や年金を増やさないといった対応を意味している。
インフレが加速すると貧しい人ほど打撃は大きい
MMTの提唱者は「インフレにならない限り、財政赤字は問題ない」と主張するが、増税や歳出削減には法律改正や政府予算の議決が必要で、それほど機動的に変更できるわけではないから、インフレ加速の危険性が明らかになってから財政赤字を削減しようとしても間に合わない可能性が大きい。目標を上回る物価上昇が起こり、政府が歳出を抑制しても、多額の資産を保有している人たちはひどく生活に困るということはないが、社会保障給付や政府の施策への依存度が高い貧しい人たちの生活は大きな打撃を受ける。
変動相場制下で国債発行に問題が生じず政府支出の削減が行われなかったとしても、海外を上回る物価上昇率のために円安が起こることが、問題を引き起こす可能性もある。資産家は円の下落を予想すればドルなどの海外の通貨に資産を移そうとするだろう。民間部門の保有している純金融資産が大きければ大きいほど、海外への資金逃避による円安は大幅なものとなりやすい。円安によって輸入品価格が上昇し物価上昇に拍車をかけ、それがさらなる円安の原因になるという悪循環に陥る恐れもある。
国内発のインフレにせよ、為替下落によるインフレにせよ、いずれにしても富裕層は影響を緩和する手段をたくさん持っているが、所得や資産の少ない層ほど対応策が少なく苦しい思いをすることになるはずだ。その危険性を考えれば、財政赤字を拡大して完全雇用を目指す方法は低所得者にとってはリスクが大きすぎる。
米中貿易摩擦の激化や英国のEU離脱による欧州経済の混乱などから世界経済が大きく落ち込み失業率が大きく高まるということになれば、総需要を増やして失業者を減らすべきだ。しかし、現在の日本や米国では失業率は長期的な平均水準よりもはるかに低く、労働需給はむしろひっ迫していて、危険を冒してまでさらに失業率を下げる意義は小さい。日本では人手不足にも関わらず賃金上昇率が高まらず、経済の潜在的な成長率が低下していることは確かだが、この問題の解決のためには財政・金融政策による総需要の管理とは別の手段と政策を取るべきなのである。
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