MMTが間違った政策提言を導き出しているワケ 「インフレは昂進しない」という前提の危うさ

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MMTの提唱者には完全雇用になるまでは経済には未利用の生産能力があるのでインフレにならないと主張する人もいるが、レイ教授は少し慎重だ。財政赤字による総需要拡大のトリクルダウン効果で失業を解消するという方法は非効率で、既に豊かな人たちをより豊かにすることになり、どこかにボトルネックが生じて経済の一部分だけの賃金上昇や価格上昇からインフレになりやすいと述べている。「完全雇用になるまではインフレにはならず、財政赤字は問題ない」というわけではないのだ。

レイ教授は、MMT提唱者の間で意見の相違があることを認めつつ、職の保証制度(Job Guarantee : JG)をMMTの不可欠な要素だとしている。これを、中央銀行の「最後の資金の貸し手機能」(Lender of last resort)をもじって、"Employer of Last Resort: ELR”とも呼んでいる。失業者に対して政府が直接仕事を提供するという、職の保証制度があれば通貨価値のアンカーになるのでインフレが昂進することはないと考えているようだが、そのメカニズムについては納得のいく説明がない。

政府に最適な行動ができるとは限らない

経済のどこかにボトルネックがあれば、完全雇用が実現する以前にインフレが起こってしまうことはレイ教授も認めている。ボトルネックを回避するための職の保証制度のような仕組みが主要国には存在せず、少なくとも当面採用される見通しもない現状では、財政赤字を使って経済を刺激し続けると、どこかで物価上昇が加速していってしまうおそれが大きいだろう。つまり、③のように財政赤字をファイナンスすることは可能でも他の問題が大きくなってファイナンスし続けることが不適当になるということもありうるのだ。

MMTの提唱者と標準的経済学の信奉者の主張に大きな違いが生まれる一つの要因は、歴史の教訓をどう読むかという点にあると考える。政府が常に悪者であるかのような主張は間違っており、筆者は政府の能力をもっと活用すべきだと考えている。しかし、全面的に政府を信頼するのも行きすぎだ。政府の力はしばしば誤用・悪用されるので、社会に壊滅的な打撃を与えられるほどの力を一つの機関に与えるのは危険だ。

司法・立法・行政の三権分立など、民主的な制度の多くは政府の効率性を下げているが、安全装置として設計されたものだ。MMTの提唱者は、政府が問題が深刻化する前に財政赤字を減らせば大丈夫だと言っているが、こうした場合に政府が最適な行動ができるとは限らない。歴史の教訓は、政治家も選挙民も近視眼的で最適な行動はできず、行きすぎを回避するのは極めて難しいということだ。

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