「福知山線事故」14年目の脱線とオーバーラン 「JR西日本の弱点」が現れた在来線リスク管理

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だが、御坊駅の脱線事故も、彦根駅の停車駅通過も、福知山線事故後にJR西が定めたルールによれば、避けがたい「ヒューマンエラー」ということになり、故意や著しい怠慢でなければ、処分の対象にならない。列車に遅れが生じると、乗務員を激しく叱責し、反省文を延々書かせた「日勤教育」のような社員管理、そうした締め付けで安全と定時運行が保たれるとした安全思想が、運転歴1年にも満たない23歳の運転士を追い詰め、乗客106人もの命を奪う大惨事を引き起こした、という反省が根底にある。そこから得た教訓が、エラーを積極的に報告させ、事故につながりやすい場所や時間、気象や勤務条件などを潜在リスクとして浮かび上がらせる「リスクアセスメント」であり、同社の安全対策の柱になっている。

きのくに線(紀勢本線)御坊駅の脱線車両(写真:JR西日本)

その考え方は社内に着実に根付きつつある、と来島社長は言う。実際、JR西の鉄道運転事故は福知山線事故後の十数年間、おおむね減少傾向が続き、2015年度から2017年度までの直近3年間は50件台と、「会社発足以来最少レベル」にある。部内原因(車両など設備の故障、社員の取り扱いミスなど会社側に原因があること)の輸送障害も、事故のあった2005年度に344件だったのが、2017年度には151件にまで減った。御坊駅のような脱線事故は過去3年間に発生しておらず、彦根駅のような停車駅通過は、2016年度で15件、2017年度で18件、2018年度で9件と、とくに増減は見られないという。

ただ、こうした数字と利用客の実感は必ずしも一致しない。福知山線事故の命日が迫る中で事故・エラーが相次いだことで、SNSでは「事故命日が近いのに」「また弛緩してる」「最近乗るのが怖い」といった書き込みが多く見られた。全体の件数は減っているとしても、2017年末に起きた新幹線重大インシデントや今回の2件のように一つひとつの事象が大きければ、「事故の記憶が風化しているのではないか」と批判され、信頼低下を招くのは当然だろう。遺族や被害者から見れば、なおさらだ。

事故後入社が半数の組織で、どう伝えるか

「JRの社員と向き合って、真摯に事故を受け止めようという姿勢は感じたんやけどね。あの当時は……」

福知山線事故で妻を失った60代の男性は言う。拙著『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』で詳しく描いた遺族の淺野弥三一氏とは、また違うかたちで事故後を歩んできた人だ。

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事故5年後の2010年、当時を知る現場の人間がどんどん減っていると聞き、風化を懸念した。「自分の経験や思いを社員に直接話させてほしい」とJR西に申し入れ、その年から2015年まで、新入社員研修で講話を続けた。語りかけた社員は1000人以上に上る。

外回り先の駅で手にした新聞号外で事故を知り、妻の身を案じてJR西本社や警察署を訪ね回った焦燥の数時間。遺体が収容された尼崎の体育館で、型どおりに頭を下げるだけの社長と取り巻きの社員たちの姿。遺体と対面し、どん底に突き落とされながらも、子供たちのために「泣いてたまるか」と自らを奮い立たせたこと。

「講話を始めた当初は、何も知らない新入社員たちが引くというか、どう受け止めたらいいかわからず、困惑する雰囲気を感じた。だけど回数を重ねるうち、『初めて事故のことが本当にわかった』『必ず会社を変えたい』という手紙をもらったり、前に一度話を聞いた人が翌年も来たりしてね。会社全体で事故の教訓を理解し、若い世代にも伝えていこうという姿勢が見えた。それで、僕の役割はとりあえず終わったかなと思っていたんですがね」

新入社員に限らず、社内で事故の記憶と教訓を継承する、いわゆる「風化防止」の取り組みを、JR西は継続的に行っている。事故の詳細や遺物を展示した「鉄道安全考動館」、安全対策を具体的に学ぶ「安全体感棟」、事故現場を保存整備した「祈りの杜」などでの研修を全社員が受けており、4月25日が近づけば、各職場で事故を記録したDVDを視聴し、安全について話し合う。だが、事故対応の渦中にいた社員からは、「その場では真剣に話を聞き、心を痛めたとしても、それが日々の業務の中でどこまで意識されているかといえば、正直、心もとない」という声も聞こえる。

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