台湾カリスマ経営者の危なすぎる「政界進出」 米中ハイテク摩擦の最前線、台湾現地報告

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高雄市南部にある工場新設の候補地のひとつは更地のままだ(記者撮影)

また鴻海関係者は「先端工場を台湾に造るといえばアメリカは納得するし、親中派の政治家がトップである高雄市に建設すると言えば、中国も文句をつけない」と、米中双方にいい顔をしたい郭氏の狙いは明らかだと話す。さらに台湾に工場をつくることで、台湾社会からの支持も得られる。まさに一石三鳥の妙案だった。

しかし、郭氏はみずから政治の世界に踏み込むことで一線を越えた。これまでのように、米中、そして台湾社会それぞれにいい顔をするという八方美人では通らなくなる。郭氏が台湾総統選へ出馬することについては各方面から懸念の声が相次ぐ。中国との関係が深いうえ、親中派政党からの出馬を表明しているため、「郭総統が誕生すれば台湾が中国寄りになってしまう可能性が高い」とみなされているのだ。

ハイテク摩擦の鍵を握るのか

アメリカはファーウェイ製品の排除を求めており、中国のハイテク技術の進歩に警戒感を募らせている。一方でアメリカのハイテク企業の多くは鴻海などの台湾企業に委託して中国で製品を生産しており、中国での技術流出に敏感になりつつある。仮に台湾が中国寄りになれば、アメリカ企業のサプライチェーン見直しで世界のエレクトロニクス産業の構造が大きく変わる可能性がある。

郭氏の総統選出馬発表を受けて、鴻海をとりまく環境はさっそく動き始めた。ロイター通信によると、液晶パネル工場の建設を支援するとしていたウィスコンシン州のトニー・エバーズ知事は優遇策の見直しに言及した。株式市場では鴻海のライバルとしてともにiPhoneの製造を行っている台湾のペガトロンの株価が急騰した。アップルなどアメリカ企業が鴻海から受注を移すと期待されたからだ。しかし、「台湾全体が中国寄り」となったら、そのインパクトは計り知れない。

台湾社会ではビジネスマン出身のトランプ大統領の連想から同じ企業経営者の「郭台銘なら経済をよくしてくれるに違いない」との声もあがる。ただし、敏感なハイテク摩擦の問題や安全保障の問題をトランプ氏のような駆け引きで処理するとなると、従来の米中台関係のバランスは大きく損なわれるだろう。

中国との距離感を保ちつつ、アメリカとの関係や台湾ハイテク産業の信頼を維持できるのか。郭氏はパフォーマンスだけではすまない、厳しい決断を迫られる世界に踏み込んだ。

劉 彦甫 東洋経済 記者

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りゅう いぇんふ / Yenfu LIU

解説部記者。台湾・中台関係を中心に国際政治やマクロ経済が専門。台湾台北市生まれの客家系。長崎県立佐世保南高校、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、修士(ジャーナリズム)。日本の台湾認識・言説の研究者でもある。日本台湾教育支援研究者ネットワーク(SNET台湾)特別研究員。ピアノや旅行、アニメが好き。

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