少年刑務所で9年間教えた作家が見た「心の中」 奈良の刑務所で出会った少年たちの"本質"
「あの子たちはみんな、加害者になる前に被害者だったんです。ひどい虐待や貧困のなかで育ち、心がすっかり傷ついてます。まともな愛情を受けたことがないから、情緒も育っていない。さみしい苦しい悲しいという負の感情を感じたくなくて、心の扉をピタッと閉めています。すると、歓(よろこ)びも楽しさも入ってこなくなる。
だから、自分が何を感じているのかさえ、わからなくなっているんです。そんな子に『被害者の気持ちになってごらんなさい』なんていっても、わかるはずがありません。だから、先生には、絵本や童話や詩を使って彼らの心の扉を開き、情緒を耕して芽吹かせてやってほしいのです」
無理だ、と思った。絵本だの詩だのというヤワなもので、人を殺すところまでこじれた心をなんとかできるわけがない。けれど、熱意に負けて引き受けてしまった。ただし、一人では怖いから夫の松永洋介と一緒にと頼んだ。
そんなわけで、奈良少年刑務所が国の重要文化財に指定され廃庁となるまでの丸9年と少し、二人で刑務所の講師をしてきた。
受刑者との授業
驚くべきことに、授業は最初からいきなり効果を上げた。1時間目の教材は絵本『おおかみのこがはしってきて』(ロクリン社)だ。登場人物であるアイヌの父親と子ども役になってもらい、みんなの前で朗読してもらう。
ひらがなばかりのやさしい本だが、彼らは緊張しきって必死で読む。終わると受講生から盛大な拍手が沸く。
すると、その瞬間に変わるのだ。うろたえながらも照れくさそうに笑い、能面のような顔にふっと表情が生まれる。それまで交流不能としか思えなかった少年たちの間に、いきいきとした感情が流れだす。
人から拍手などもらったことのない人生だったのだろうか。おまえはダメだと否定され続けてきたのかもしれない。その瞬間、きっと小さな自己肯定感が芽生えたのだ。
そんな絵本の授業を経て、3時間目からは詩を書いてもらった。「どんなことを書いてもかまわないです。何も書くことがなかったら、好きな色について書いてきてね」と言ったら、こんな詩が提出された。授業では、まず作者自身に朗読してもらう。
“くも
空が青いから白をえらんだのです”
薬物依存の後遺症のあるAくんは、自分の詩をちゃんと読めない。うつむいて早口で言語不明瞭だ。悪いけど何度も読み直してもらった。ようやくみんなの耳に聞こえるように読めたとき、盛大な拍手が沸いた。
すると、いつもは無口なAくんが、遠慮がちに手を挙げたのだ。