47歳の孫が祖母の看取りで見た「奇蹟的な最期」 長年不仲だった父親が病院に現れ、そして…

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杉田がトイレから戻ったときのことだ。

「清水さんは黙って祖母の左手をゆっくりとさすって下さっていたんですね。少しきざな例えになりますが、その光景は私が通っていた中学校の礼拝堂で祈っているような、そんな厳粛な空気感でした」

看取り士の寄り添いとはこれか、と杉田は感じ入った。接客などのビジネスマナー研修も行う会社の経営者として、具体的にどう見えたのか。

看取り士の清水直美さん(写真:筆者撮影)

「その場にすっと溶け込み、それでいて誰の邪魔も一切せずに、そこにただいられる技術とでも言えばいいんですかね………」

杉田は少し言いよどんでから続けた。例えば、「〇〇さ〜ん、お孫さんも心配されてここにいらっしゃいますよぉ」と、ビジネスライクな笑顔で、これ見よがしに話しかけるようなことを清水はしなかった、と。

「逆に、祖母に触れる看取り士さんのひとなでに、少しでも恐れやためらいがあれば、家族や本人も瞬時に見抜くはずです。でも、私の目には、清水さんからはそんな自我も感じませんでした。祖母の傍らで『ただただ、そこにいる』寄り添い方に、究極のホスピタリティを見て感動しました」

「死は敗北ではなく人生の大切な締めくくり」

清水は心の中で、「私が来ることになるのでよろしくお願いします」と、杉田の祖母に繰り返し伝えながら左腕をさすっていた、と後日語った。

「あの場面では、祖母さんへの杉田さんの声がけをより響かせることが重要で、私の声を差しはさむ必要は一切ありませんでした。私の自我なんていらないんですよ。一般的にはホスピタリティは、おもてなしなどを『与える』イメージが強いかもしれませんが、看取り士の仕事は黒子役に徹して、旅立とうとする方や、ご家族の存在をこそ際立たせることですから」

清水はもともと看護師として働いていた。その頃、患者を治療することが目的の病院では「死は敗北」だった。患者を救えなかった結果だからだ。

だから呼吸合わせ1つとっても、看護師と看取り士ではまるで違う。

「看護師の呼吸合わせは、まだ治る見込みがある患者さんだけが対象でした。呼吸が荒い相手に顔を近づけて、意識的にゆっくりとした深呼吸を繰り返しながら、相手の呼吸を正常なペースに誘導するためです」(清水)

一方、多くの高齢者をその胸に抱いて看取る中で、日本看取り士会の柴田会長が編み出した呼吸法は違う。逝く人の死への恐怖心を、呼吸を共有して生まれる安心感で包み込むためのものです、と清水は説明した。

「看取り士にとって、『死は人生の大切な締めくくり』だからです。そこが『死は敗北』という病院の死生観との決定的な違いです」

清水が看護師から看取り士に転身したいちばんの理由だった。

清水が訪問した日の午後、杉田はもう1人の見舞客を待っていた。当日午前中に父親から「行きます」とメールが届いていたからだ。2日前の電話で「死んでもらってホッとする」と、見舞いを断ったばかりだった。

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