61歳「女子プロレス」に賭けてきた男の激闘人生 人気団体「スターダム」はこうして生まれた

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「そろそろ自分の出番はなくなってるのかな? と思って独立することにしました。40歳でした。3人ほど選手がついてきてくれました。全部で14~15人の選手が辞めました。会社としては支払いに切迫していたので、辞めてもらって内実ホッとしていたかもしれません」

ロッシーさんは新団体『アルシオン』を立ち上げた。今までと同じことをしていては、全日本女子プロレスには勝てないと思い、新しいスタイルで活動することにした。各団体の人気選手を引き抜いていくという、アグレッシブな行動をとった。

しかし毎年のようにもめ事が起こり、5年後にはプロレス団体として機能しなくなってしまった。2003年になり、ロッシーさんは表舞台から身を引いた。

「僕は面白い話があるとすぐ乗っちゃうんです。あんまり考えてない。やる or やらないで迷ったら、とりあえずやっちゃいます。もちろん最悪の事態にならないようリスクは考えますけど、損もだいぶしました。でもだますよりはだまされたほうがいいですね」

アルシオンから身を引いた後は、なかなかうまくいかなかった。

ホームレス状態から抜け出せない絶望感を味わう

一時期は、住居を失ってしまい、キャンピングカーによる車上生活を余儀なくされた。

「最初は半分冗談のつもりでホームレス生活を始めたんですよ。でもなかなか抜け出せなくなってしまいました。12月の寒い時期でしたから、絶望感がありました」

早い時間にキャンピングカーにいてもすることはなく、ただ虚しくなるだけだった。

しかたなくファミリーレストランに行って、夜中の2~3時までいて、それから自動車に帰って寝た。

「夕方4時になると、銭湯に入りに行くんですよ。20歳で東京に来てアパート借りたとき、風呂なしだったんです。銭湯に通いながら、『一生銭湯ぐらしは嫌だな』と思ってたんです。それで40代後半になってまた銭湯生活に戻っちゃったんです。絶望感ありましたね。この状態から、抜け出さなければならないなって」

そんなとき、ある団体から

「うちに来て手伝ってもらえませんか?」

と声がかかった。運がいいと言うよりは、それまでのロッシーさんが得てきた経験が、土壇場で彼を助けたと言えるだろう。

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