企業に「社員教育を強制」するイギリスの思惑 最低賃金引き上げに「スキルアップ」は不可欠
この研究によると、ニュージーランドでは、デンマークのような人材教育が進んでいないため、デンマークと同じような効果が出ていないと報告されています。
企業に「社員教育を強制する」イギリス
このような研究の結果を受けて、イギリス政府が実施した政策に注目してみたいと思います。
「最低賃金の引き上げが『世界の常識』な理由」でも紹介したように、イギリスは1999年から最低賃金を導入、年間平均約4.2%引き上げを行い、生産性を大きく向上させることに成功しました。
そのイギリスでは、高生産性・高所得経済モデルへの移行に成功しているデンマークなどを分析し、2017年から「apprenticeship levy」という職業実習賦課金制度を新しく設けました。
この制度は、すべての企業が対象です(ただし、零細企業の負担は軽減されています)。年間の人件費が300万ポンド以上の企業を対象に、年間の人件費の0.5%から1万5000ポンドを引いた金額を社員のトレーニングのために徴収するという、ある種の税金を各企業に毎年課しています。
それぞれの企業ごとに口座が設けられ、賦課金を納めてから2年以内に人材トレーニングを実施すると、そのコストの分だけ払い戻してもらえる仕組みになっています。この制度では、自社内のトレーニングだけではなく、国が認定している教育・養成機関を利用したトレーニングも対象です。一方で、納めてから2年以内に使わないと国が没収する仕組みです。
人件費が300万ポンドに満たない零細企業を対象とした制度も、別途実施されています。
この制度で注目すべき点は、人生100年時代の到来を考慮して、トレーニング対象者の年齢制限が設けられていないことです。
この制度の導入の狙いは、企業に社員のトレーニングを「強制」することです。トレーニングはすればするほどお金がかかりますので、トレーニングをやらない企業のほうがお金をかけない分、価格競争力が上がります。そうすると、国の生産性向上に協力しない企業が得することになってしまうので、そうした事態を防ぐため全企業を対象とした賦課金制度にしているのです。
この制度のもう1つのポイントは、スキルアップをするために会社を辞める必要がないこと、それどころか在籍していないと使えない制度になっていることです。つまり、労働者が今働いている会社に在籍したまま、スキルアップのトレーニングを受けるインセンティブを与えているのです。
apprenticeship levyは導入されたばかりで、まだ問題も多いようですが、非常に興味深い制度なのは確かです。
本連載ではここまで、生産性向上を実現するための方策を検証し、それを実現するために必要な政策を提言してきました。
そんな中で、「企業が付加価値を高めるためにどうすればいいか、具体的に教えてくれ」という質問や、「それぞれの企業が何をすべきか書いてないから、意味がない」という批判を受けることがあります。
しかし今、日本には360万人の社長がいます。本連載で説明したように企業の数は減っていくはずですが、それでも2060年には150万社ぐらいはあるはずですので、社長も150万人いることになります。付加価値を高める方策はそれぞれの会社によって違うはずですし、違ってしかるべきです。
各社の方策を考えるのは、本来、社長がやるべき仕事ですし、そもそも社長はそれを考えるためにいるのです。高額の報酬をもらっている社長1人ひとりが、自社に合った正解を出すべきなのです。
そのような意図があり、この連載では「各社の社長は何をすればいいか」については一切、言及しませんでした。世界第4位の人材評価を受けているものの、いまは発揮されていない日本人労働者の潜在能力をどうやって発揮させるか、それを考えるのは私ではなく、社長の仕事です。かわりに、どうやって社長たちに高生産性・高所得経済を目指してもらえるか、そのインセンティブを考えてきました。
次回は、今回ご紹介した海外の事例から、日本が学ぶべき示唆について考えてみたいと思います。
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